野尻湖の伝説
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野尻湖 伝説 ナウマンゾウ
長野県最北端に位置する信濃町にある自然湖 標高650m 南北2.5㎞ 東西3㎞ 深さ38m の湖沼。県内最大の諏訪湖に次いで大きいが、容積は野尻湖の方が深いため大きい。
約7万年前、黒姫山が噴火し溶岩流が下った。斑尾山の谷を堰き止め、野尻湖ができたと考えられている。野尻湖マラソン、ナウマンゾウ博物館などがある。
東側は、湖岸よりかなり離れた周遊道路。
不思議な事に、寒冷地にも関わらず、冬季に湖面が凍結しない。そのため、舟が出せワカサギ釣りが盛んである。諏訪湖では神事に「御神渡り」があるのだが、数年に一度となっており、温暖化の影響ではないかと指摘されているのだ。
1948年、ナウマンゾウの化石が発見され、世界的に知られた。日本の化石長鼻類研究の草分けであるナウマンに因んでナウマンゾウと呼ばれている。ナウマンゾウは、氷河時代や15,000年前まで生息していたと考えられ日本、アジアに分布しているゾウの種類。1962年から発掘調査が行われている。ちなみにナウマンゾウの化石は、日本だと東京都心など広域に発見されており、亜種かどうか研究が続けられている。湖西側にナウマンゾウ博物館があり展示されている。
湖の中、北側に琵琶島(宇賀神社)があり、舟、またはボートで辿り着ける。西側は、黒姫山 東側は 斑尾山に囲まれた野尻湖。
野尻湖は自然湖 (諏訪湖は丸い形だが)変化の富んだ形となっている。また、深さもまちまちで 棲みつく魚が豊富。
黒姫山が聳え立つ。
西側の湖畔 野尻湖ナウマンゾウ博物館。
野尻湖 琵琶島 湖の北西に浮かぶ。舟やボートで辿り着ける。
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野尻湖と黒姫山に因む伝説
戦国時代、小館城主、高梨摂津守政盛に黒姫という可愛らしく、賢い娘がいた。
ある日、政盛は家来を連れ東山で花見の宴を開いた。
同席していた黒姫の姿を見た大沼他の主は、自分に貰い受けたいと、
立派な侍に化け、政盛に懇願したが断られた。
そこで侍は、思い切って自分の素性を打ち明けた。
政盛は、大蛇に一人娘をやるわけにはいかないと、難題を持ちかけた。
その難題に、大蛇は傷つき動けなくなった。
政盛は死んだものと思い、約束を守らず城に戻った。
死ななかった大蛇は怒って、一族の四十八他の主と共に池の水を一度に押し流した。
箱山のお陰で城は流されずにすんだ。
しかし黒姫は、大蛇の恨みを受けながら生きていけないと、
信濃と越後の境にある池に身を投げて死んでしまった。
その後、この山を黒姫山というようになった。
中野祇園祭の日には、空が曇り雨が降るという。
この時、黒姫が雲に乗って、小館城に里帰りするといわれている。
プロフィール
- ☆PCPAL代表取締役 日本アコーディオン協会理事 FMはしもとパーソナリティー ピアノテクニシャン なにわシャンソンコンクール審査員 市ボランティアサークル連絡協議会副会長 TOPページへnishikunnのページ
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