「沖縄県慰霊の日」2019.6.23


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「沖縄県慰霊の日」2019.6.23

1945年6月23日、沖縄本土決戦の組織的戦闘が終結したことによる。アメリカ統治下の沖縄県が1962年に定めた記念日。糸満市摩文仁の平和祈念公園にて「沖縄全戦没者追悼式」を挙行。この日は、沖縄県のみ休日である。沖縄県平和祈念資料館やひめゆり平和祈念資料館が入場無料。
詳細:https://www.pref.okinawa.lg.jp/site/kodomo/hogoengo/engo/zensenbotushatoushiki.html

1945年4月1日にアメリカ軍の沖縄本島上陸によって沖縄本土戦は、人口80万人に対し4分の1の20万人が犠牲者となった。戦争は国際法上、兵器を持つ兵士や軍同士の戦いで、一般市民を巻きこむことは重大な戦争犯罪行為であり、避けなければならない。沖縄戦は兵士が少なく特攻隊を募集し、学徒隊を組織し、看護学生も戦争に巻き込まれた。
彼らは武器を所持しているはずもなく、逃げ場を失い自決数が最も多く凄惨な戦争の爪痕として禍根を残した。「ひめゆりの塔」「さとうきび畑」は実話に基づく。
6月23日午前4時、司令官牛島満中将が自決し、組織的戦闘が終結した。しかしこの事を知らされなかった兵士が抵抗を続け、戦闘が続く。8月15日ポツダム宣言受託(無条件降伏受理)天皇の終戦宣言後(本土ではこの日が終戦記念日)正式な降伏文書への調印が東京湾のミズーリ艦上で行なわれた9月7日を「沖縄市民平和の日」と定めている。
この日を「終戦記念日」とではとの指摘がある。

1962年、アメリカ統治下の沖縄県が主催の沖縄全戦没者慰霊祭が行なわれた。1972年(昭和47年)本土復帰する。1974年に「沖縄県慰霊の日を定める条例」により、「我が県が、第二次世界大戦において多くの尊い生命、財産及び文化的遺産を失った冷厳な歴史的事実にかんがみ、これを厳粛に受けとめ、戦争による惨禍が再び起こることのないよう、人類普遍の願いである恒久の平和を希求するとともに戦没者の霊を慰めるため(条例第1条)」、6月23日を「慰霊の日」と制定。が、休日としての根拠を失ってしまった。1991年、地方自治法が改正され「沖縄慰霊の日」が公式に休日とされるようになった。

沖縄へは、2度訪問したことがある。冬の気温は15度と暖かい。沖縄の人からみればこの気温だと寒いほうで風邪をひくようだ。摩文仁の丘は、ひめゆりの塔など 沖縄観光バスツアーで体験。防空壕やお墓を取材した。国際通りやソーキソバ、ゴーヤなどの文化。沖縄の姿を掘り下げていくと 米軍基地問題など 深刻な問題があることがわかった。
それが 70数年前の戦争だったこと・・・

 



 

プロフィール

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☆PCPAL代表取締役 日本アコーディオン協会理事 FMはしもとパーソナリティー  ピアノテクニシャン  なにわシャンソンコンクール審査員 市ボランティアサークル連絡協議会副会長 TOPページへnishikunnのページ