奥嵯峨「祇王寺」平家物語


FavoriteLoadingお気に入りに追加

奥嵯峨「祇王寺」山号は高松山 本尊は大日如来 平清盛に翻弄された悲恋の尼寺

法然上人の門弟良鎮によって創建された往生院が元で「平家物語」ゆかりの地。歌舞「白拍子」の祇王(21歳)は平清盛の寵愛を受けたが清盛の仏御前への心変わりにより都を追われ妹の祇女(19歳)、母の刀自(45歳)と出家し往生院で尼僧になった。のちに仏御前(17歳)が加わる。仏道に励み、みな往生を遂げたという。境内に清盛の供養塔と祇王姉妹らの「宝篋印塔」が建立。荒廃したが、1895年(明治28年)第3代京都府知事の北垣国道が寄進し大覚寺が管理、再興した。本堂の仏壇に鎌倉末期作の、本尊大日如来、祇王、祇女、母刀自、仏御前と平清盛の木像が安置されている。また、吉野窓があり「虹の窓」と呼ばれる。旧嵯峨御所大本山大覚寺の塔頭寺院。

祇王が平清盛に捨てられた時に詠んだ歌「萌え出るも 枯るゝもおなじ 野辺の草 いづれか秋に あはで果つべき」

平家物語は12巻からなる鎌倉時代に成立した軍記物語で、平家の栄華と没落、武士階級の台頭などが描かれた。第1巻に「祇園精舎」や「祇王」がある。作者は、吉田兼好作の徒然草(第226段)に「信濃前司行長」(藤原行長?)の記述があるが確定していない。有名な出だしではじまる。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久からず・・・」

映画「時雨の記」で登場している。京都の紅葉と恋物語。紅葉のように恋焦がれしかし無常観に苛まれる。木像の祇王が荘厳でわびさびを感じる。
晩秋の紅葉と苔、竹林は何と素晴らしいのだろう。

 

プロフィール

nishikunn
☆PCPAL代表取締役 日本アコーディオン協会理事 FMはしもとパーソナリティー  ピアノテクニシャン  なにわシャンソンコンクール審査員 市ボランティアサークル連絡協議会副会長 TOPページへnishikunnのページ