聖路加国際病院「聖ルカ礼拝堂」~アドヴェント・オルガン~

お気に入りに追加聖路加国際病院「聖ルカ礼拝堂」~アドヴェント・オルガン~ 25.12.22
1901年(明治34年)米国聖公会宣教医師トイスラー博士により建てられた聖路加病院の礼拝堂として発足。1923年(大正12年)の関東大震災や2年後の火災を経て、現在の礼拝堂は1936年(昭和11年)に完成し、聖別式が行われた。当時はどの病室からも礼拝堂のバルコニー席に出て祈ることができ、患者さんの精神的な支えになっていたと言われている。1945年(昭和20年)敗戦とともに病院と看護学校の建物のすべてがアメリカ軍に接収され、米国陸軍42病院(42nd US Army Hospital)のチャペルとしての時を過ごした。1956年(昭和31年)接収が解除され、礼拝堂で病院再興感謝礼拝が行われた。礼拝堂以外に「トイスラー記念ホール」が病院本館(診療棟)にあり、1992年に完成。聖ルカ礼拝堂は、保存改修工事が2018年6月からあり、2023年4月に再開した。礼拝堂では、毎年11月「諸魂の日」が慎ましく行われ、病院としての意義を最重視している。
聖路加は、災害の時にこの病院が役に立たなければならないと考えている。1995年3月の「地下鉄サリン事件」の際、日比谷線「築地駅」はパニックに。5000人もの負傷者が出たとされる。640人を受け入れ、信州大学からのサリン情報を把握し、トリアージを実施。負傷者のケアにあたった。時間は午前8時40分。春休みに入った時だった。あの日、通勤で上司は東横線に乗ったが電車が遅れていると。私は、仕事まわりでは、日比谷線を使わなかったが、一歩違えば、被災者になるところだった。
世界各地の激しい戦いによって世界は一層深い闇となっている。多くのいのちが無惨に奪われている。「光」こそ真実。御子は、飼い葉桶でお生まれになった。最後には「人」のために亡くなられたあのお方。クリスマス礼拝は、降誕を祝う行事で、世界中で行われている。
古代ローマでは、紀元前753年から紀元後476年まではグレゴリオ暦でなく、ミトラ暦で冬至を祝う祭りだった。その後、この習慣がキリスト教で祝うようになったとされている。
プロフィール
- ☆PCPAL代表取締役 日本アコーディオン協会理事 FMはしもとパーソナリティー ピアノテクニシャン なにわシャンソンコンクール審査員 市ボランティアサークル連絡協議会副会長 TOPページへnishikunnのページ
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