近つ飛鳥「叡福寺」聖徳太子


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三太子の一つ「上之太子」と謂われる。本尊は如意輪観音。聖霊殿(太子堂) 金堂、多宝塔、聖徳太子廟【磯長墓〈しながのはか〉】など伽藍堂宇が見事。聖徳太子御廟と母、穴穂部間人皇女と妃、膳部菩岐々美郎女の「三骨一廟」がある。「近つ飛鳥」は古事記での記述がみられる。

聖徳太子は生前、推古天皇28年(620年)この地を墓所と定めた。伯母にあたる推古天皇が土地建物を寄進し、墓守りの住む堂を建てたのが叡福寺の始まりとされている。平安時代、嵯峨天皇らが参拝しており、平清盛は堂塔の修理を命じた。空海・良忍・親鸞・日蓮・一遍などが参籠した。天正2年(1574年)の織田信長による兵火で、建物は失われた。慶長年間(1596年 – 1615年)、後陽成天皇の勅願により豊臣秀頼が伽藍を再興。

藤棚が咲き始めた。聖徳太子といえば 御札紙幣。五千円札、一万円札で御馴染であった。

 

 

 

プロフィール

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nishikunn
☆PCPAL代表取締役 日本アコーディオン協会理事 FMはしもとパーソナリティー  ピアノテクニシャン  なにわシャンソンコンクール審査員 市ボランティアサークル連絡協議会副会長 TOPページへnishikunnのページ