世界遺産「富岡製糸場」国宝にも


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世界遺産「富岡製糸場」群馬県富岡市にある。木の骨組みにレンガを組み合わせた「木骨レンガ造り」は、珍しい。

長さが約140mある繰糸所に300釜の繰糸器が並ぶ、製糸工場としては世界最大規模。明治維新後、政府は、産業や科学技術の近代化の中で生糸の輸出を国の産業として進める。生産向上と、技術指導者を育成するため、洋式の繰糸器械を備えた官営の模範工場を建設。フランス人指導者ポール・ブリュナが明治4~5年(1871~1872年)建造し操業開始。繭から生糸を取る繰糸所で、女工が支えた。

平成17年7月、国の史跡に、平成26年(2014年)6月「世界遺産」に登録。12月に繰糸所、西置繭所、東置繭所の3棟が「国宝」となった。「フランスの器械製糸技術を導入した日本初の本格的製糸工場」「和洋技術を混交した工場建築の代表」、製糸・養蚕技術の発展への貢献などが評価された。

繰糸所(そうしじょ)は富岡製糸場の中で中心的な建物であり、梁間(長さ)140.4 m、桁行(幅)12.3 mの木骨煉瓦造。繰糸は手許を明るくする必要性があったことから、フランスから輸入した大きなガラス窓によって採光されている。この巨大な作業場にフランス式繰糸器。

東置繭所(ひがしおきまゆじょ)と西置繭所(にしおきまゆじょ)はいずれも長さ104.4 m、幅12.3 mの木骨煉瓦造りの2階建。2階が繭置き場に使われた。いずれも1872年竣工。開業当初は養蚕が主に春に行われたため、蚕の繭を蓄えるために建設、2棟で32トンの繭を収容できた。

蒸気釜所(じょうきかましょ。1872年竣工)は製糸場の動力を司り、一部は煮繭に使われた。1920年に動力が電化されると蒸気エンジンは使われなくなり、のちには煮繭所などに転用された。

首長館(しゅちょうかん。1873年竣工)ブリューナ館は、一家が滞在するために建設された木骨煉瓦造。1879年にブリューナが帰国すると、工女向けの教育施設に転用。

女工館(じょこうかん)は、首長館と同じく1873年に竣工した木骨煉瓦造、フランス人の教婦たちのためのもの。

検査人館(けんさにんかん)は、フランス人の男性技術指導者の宿舎として建てられた。外国人医師の宿舎になった。
これら3館はいずれもコロニアル様式の洋風建築。

それにしても、巨大な建物がいくつも並び、産業革命の象徴とも言われる 繊維産業を発展されたことは、日本の工業発展に大きく貢献した。
ご存じだろうか。トヨタ自動車も 日産自動車も 元は 繊維産業が業種で 現在の業種に転換したのだ。日産の織機が、ここに納められている。

和洋の建築方式が、先進の技術を駆使してできたものであった。300基の機械を格納できる長さを誇る。梁、柱に注目したい。

プロフィール

nishikunn
☆PCPAL代表取締役 日本アコーディオン協会理事 FMはしもとパーソナリティー  ピアノテクニシャン  なにわシャンソンコンクール審査員 市ボランティアサークル連絡協議会副会長 TOPページへnishikunnのページ