感謝の日「大嘗祭」発祥
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感謝の日「大嘗祭」発祥
現在ある「勤労感謝の日」は、単なる祝日ではない。古くから宮中祭祀が行われていた大嘗祭の日であるから。
大嘗祭と新嘗祭は、よく似ているが、大嘗祭は一世一代に行う 大嘗宮がつくられ 内外に知らしめる。
紅玉天皇の頃 はじめられ 連綿と受け継がれてきた。1466年中断。応仁の乱(1467年)から数百年は 経費が捻出できない事から中断されている。
江戸時代 霊元天皇の時代(1687年)に復活した。219年ぶりの事であった。
その発祥は 等彌神社が発祥とされている。境内に鳥見山(標高245m)があり、そこに当初は霊畤(まつりにわ)があったとされる石碑が残っている。
その後、現在地にうつされた。上津尾社 天照大神 下津尾社 神武天皇 を祀る。
歴史的に重要な地である。なぜなら 新元号「令和」の元となる万葉集の「梅花の宴」の序文を記した「
大伴旅人(おおともたびと)」の妹「大伴坂上女郎(おおともさかのうえのいらつめ)」が詠んだ万葉歌碑がある。
大伴坂上女郎(萬葉集巻八-一五六〇)
《妹が目を跡見の崎を秋はぎは此月ごろは散りこすなゆめ》 (跡見の崎の秋萩は ここしばらくは散ってくれるな けっして)
大嘗祭の目的は、収穫への感謝と神が供え物を共に食する事、そして、安寧を祈願し、国家太平を願う。
単に感謝のみではなく、災害の防疫を祈願する祭りでもあった。
プロフィール
- ☆PCPAL代表取締役 日本アコーディオン協会理事 FMはしもとパーソナリティー ピアノテクニシャン なにわシャンソンコンクール審査員 市ボランティアサークル連絡協議会副会長 TOPページへnishikunnのページ
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