内村鑑三記念堂「石の教会」


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内村鑑三記念堂「石の教会」ケンドリック・ケロッグ

オーガニック建築。1988年竣工。

内村鑑三 1861(万延2)年ー1930( 昭和5)年 キリスト教思想家、文学者。軽井沢・星野で「芸術自由教育学習会」を講演。

無教会とは、こころから祈る事のできるすべての場所。教会の教義、教典にとらわれる事がない。理論に惑わされず、超然的な禅のようでもある。しかし、瞑想でもない。

浅間山は、十数万年前からの火山活動により、第一期(黒斑山)第二期(前掛山)ができ現在は、第三期(釜山)となっている。かつては、標高2800mだったものが、山体崩壊したものと考えられている。火口は直径1.3km、深さ150mにおよび、現在の釜山ができた。有史以来、浅間山(2568m)の噴火は、685年(天武天皇14年)【飛鳥時代】をはじめ、1108年(嘉承3年、天仁元年) 【平安時代】天仁大規模噴火が最大。1783年(天明3年) 天明大噴火 では大量に降灰、日照不足により不作が続き、天明の大飢饉をもたらした。江戸時代は、五街道のひとつ中山道(なかせんどう)の宿場町「軽井沢宿」「沓掛宿」「追分宿」があったが、幕府の失政とともに衰退していった。1886 (明治 19年)カナダ・トロント市生まれの英国聖公会宣教師アレキサンダー・クロフト・ショー氏によって、避暑地として紹介され今に至る。標高800mから2500mまでの高原に位置する国際的観光都市の一つ。

軽井沢の住民には「軽井沢町民憲章」

わたくしたちは、雄大な浅間山にいだかれた高原の町軽井沢の町民です。わたくしたちは、国際親善文化観光都市の住民にふさわしい世界的視野と未来への展望に立って、ここに町民憲章を制定します。(昭和48年)

一 世界に誇る清らかな環境と風俗を守りつづけましょう
一 すべての来訪者に心あたたかく接しましょう
一 かおり高い伝統と文化を育てあげましょう
一 緑ゆたかな高原の自然を愛しまもりましょう
一 明るい家庭と伸びゆく町を築きあげましょう

プロフィール

nishikunn
☆PCPAL代表取締役 日本アコーディオン協会理事 FMはしもとパーソナリティー  ピアノテクニシャン  なにわシャンソンコンクール審査員 市ボランティアサークル連絡協議会副会長 TOPページへnishikunnのページ