「恋はいのち」ジュリエット・グレコ


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収録終わりました。FMラジオ81.6でご紹介しました シャンソンの大御所 ジュリエット・グレコ Juliette Grécoについて
「枯葉」「パリの空の下」「ラ・ボエーム」・・・ ピアフと違い、低音を響かせるタイプ。声で個性を表すだけでなく 女優としての魅力が歌に表現されている・・・ トレードマークの黒を纏い 大きな瞳・・・

厳しい時代、激動を生きてきた

1927年 南フランス モンペリエに生まれる。
幼い時に両親が離婚。祖父母のもとで育てられる。
1935年 母に連れられパリに移住。バレエ学校に通う。
1939年 英仏対独宣戦
1940年 パリ陥落
1943年 母がドイツ軍に連行される。ドイツ国内のナチ強制収容所に送られる。
1944年 ノルマンディー上陸。パリ解放。
1949年 ジャンコクト監督「オルフェ」に出演。
1950年 マイルスデイビス・MJQ マーロンブランドとパリで会う。
1951年 ピアフ賞
1954年 長女誕生。フィリップ・ルメールと離婚 ジャックブレルとの出会い。
1961年 初来日 京都に赴き着物を気に入る
1968年 ミシェルピコリと結婚。
1975年 ジェラールジェアネストが恋人。
1976年 何度かの来日 自伝について書き綴る
1984年 出版

交流 セルジュゲンブール ブリジットバルドー マリアカラス ジャックプレヴェール サガン サルトル

恋多き女 とあるが 1950年 社交界で 当時のスターと出会う。
グレコにとって 生きることは 自分をアピールすることだったかもしれない。フランスで歌手は女優なのだ。
いかに魅力的なアピールができるか 凛としているか スターを続けるには スキャンダルもある。

「あなたは私を必要としている。」そのようなことを グレコはよく言ったそうだ。

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このような女性に会うと また会いたくなるのではないか。映画のような一日を過ごしたいと思うのでは。永遠の恋人のようにいつも愛し合いたい・・・

女性は、いつも磨いているものだ。ミステリーなのは当然。
近くにいて いつも囁いてほしいのなら 男性も 香、声、瞳、顔、ファッションなど感受性を豊かに・・・

ラ・ボエーム(La Bohème)
11115g

プロフィール

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nishikunn
☆PCPAL代表取締役 日本アコーディオン協会理事 FMはしもとパーソナリティー  ピアノテクニシャン  なにわシャンソンコンクール審査員 市ボランティアサークル連絡協議会副会長 TOPページへnishikunnのページ

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