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神の手があたえられたようにあらわれる
すべてはみずからの試練
メンターがいて成し遂げられる

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アコーディオン ピアノ奏者として活動しています。
音楽と縁のなかった家庭で なぜか感受性があり 周囲にすすめられ音楽をすることになりました。
そして やめてしまうことは簡単だったのですが、そこには先生、友、音楽との出逢いがあり、続けてこられました。弦楽、声楽を本格的にやる前は器楽優先だったのが、どんなジャンルでも いいものはいいと思えるようになりました。奥が深いものです。自分が知りたかったものを知り、出会いたかった人に出会う・・・

高校2年2月の左手親指粉砕骨折(全治2か月)。後遺症として、親指の腱が伸び、痛みもあり強打がしずらく手術が必要だった事に因り、プロ演奏家として諦め、音楽を愉しむつもりで続けることにした。

20代は、仕事中心の生活を変えたかった、ピアノテクニシャンの道では グランドピアノ研修も終え、スタジオやホテル等、コンサートピアノをメンテナンスする日もあった。ヴァイオリン・合唱(ピアノは後に独学)都民カレッジ、上智大学ドイツ語聴講 早稲田のエクステンションセンター 料理学校 勉強のできるところは行った。ヨーロッパ旅行 オーストリア・ドイツを中心に滞在する。

30代にかかるころ このままでよいのかと 業界をひととおり見てきたので独立してもと思った。新たな分野に挑戦することも。独立しながら転職を一念発起。コンピューター業界に入ることに。短期で情報処理課程を修了し、教室管理者に登用。自らも講義しながらより上の資格を取得していく。これが性分にあっている。三年間は一生懸命にやって それから考えた。職業訓練校で WEB制作 データベース 電子会計 簿記など 一日6時間 訓練生の前で話すことは よい経験となった。メインの仕事は ピーシーパル代表取締役 に決めた。

父がくも膜下出血で 看病をすることになった。見舞いができればと思い、アコーディオンをはじめた。ピアノと違い もって運べる楽器ということで。この楽器の喜怒哀楽を表現できる奥深さに驚嘆する。心のふるえを音にすることのできるアコーディオン。1年半後、JAA第4回国際アコーディオンコンクールに出場 3位入賞。(バッハ シャコンヌ 自らがアコーディオン用に編曲)2007年秋には、「プラハ国際アコーディオンフェスタ」に東洋人として初めてのゲスト。貴重な機会を得る。現在 NPO法人日本アコーディオン協会理事をつとめる。

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2009年7月 スウェーデンから 世界的なアコーディオン講師 ラースホルムさんが来日。協会としても 関西に招聘する話が持ち上がり 2012年7月 JAAワークショップ大阪 公開レクチャ&コンサートが実現。緊張はしたが、これまでの海外経験を活かし スウェーデンから関西空港に降り立った彼を迎えに行った。写真で見るお互いの顔。何とか見つけられ 空港から市内へ車で送迎する。車の中で ラースホルムさんと 英語でいろいろお話できたことは 忘れられないだろう。

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2012年2月、2013年3月、全国なにわシャンソンコンクール審査員をつとめる。シャンソンとのつながりも忘れてはならない。ヨーロッパは歴史を重んじる国。民族性 ルーツが曲になる。詩になる。
フランスのうた シャンソン 文学的で 唄い手(俳優)と ピアノオーケストラ(ピアノ伴奏ではない)とつくる音楽にみせられる。

2013年1月 ある一通の知らせが。地元FMコミュニティの開局 喜ばしいこと。パーソナリティーをやれるか 自分に訊ねてみた。今までの経験を生かして 役に立てるなら。4月から番組が始まり「マコルネのおきがるたいむ」第2・第4木曜13時からの2時間番組が開始。「シャンソン・タンゴ・昭和歌謡を中心に、アコーディオンを弾く」番組。曲紹介で 新しい曲などが新鮮。日本の戦後はどう変わったのか、戦争施設などを視察。

そして、秘めていた願い クラシック音楽番組の担当「ジョジョクラシック」に到達する。自分の分野である クラシック音楽を紹介してゆく 新たな旅が始まった。旅ははじまったばかり・・・星の数ほどある曲から 親しみや感動を持っていただけるように選曲など番組として充実させていきたい。「ジョジョクラシック」は3年余り放送され 2016年4月からは「リラ・クラシック」土曜7時から【再放送 日曜8時】の第3週・第5週のパーソナリティをつとめる。

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「伝わるトーク」 これに努めている。メディアに携わっていると 話し方、話題つくりなど。あの時 話しておけばよかったなど 機転のきく事も大事。人から聞いた事を話すのは 難しい事。そんな事から 2011年以来の 東北視察・ボランティア体験などを通し 自分自身の言葉で伝えようと取材をする。2015年3月10日、11日 宮城県名取市ゆりあげ地域 仙台市若林区荒浜地区 石巻市 を訪問。特に 大川小学校のすがたに衝撃を受けた。状態保存とはいえ 津波の恐ろしさに愕然とする。津波で犠牲者をださないために私たちができることは・・・

どんな小さなことでも よきことを見つけていく気持ちを失わないように。弘法大師のことば「道を求めること」 すべては 選択していることが人生であり、意味がある。自分自身をみがいて音楽を続けられることを希望しています。また、大石順教尼のことば「無手の法悦(しあわせ)」 両腕を失って絶望した。そこから「他の人が私の腕の代わりをしてくれるなら 私は生きられる。」障がいを乗り越え素晴らしい活動をされている人がいること。そして 映画「天から見れば」画家 南正文さんのボタンかけ 普通の人が簡単にできることが 5時間半かかること。櫻の絵を5年かけて完成させた・・・ 言葉を超える。今できることは何か すぐ行動することを考えていきたい。

2017年3月 西辻善則(にしくん)

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