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ピアノの先生


アノは、小2の時 町にピアノの先生がやってきた。遠いところからこの町に来たらしい。初めて、インテリジェントに出会ったように思う(当然でしょ!)。同級生がピアノを習い始めたが、私は一番最後に見学に行って 習うことになった。レッスンでがんばって練習していった時には、きちんと「ハナマル」をくれるのである。先生は、教えている時と、発表会等で演奏している時の風貌が全く違うのだがどちらも凛としていた。従妹がオルガンを譲ってくれそれを弾いていたが、小4のピアノを買うときには、父と母が 喧嘩したのを覚えている。「長続きするはずがない」という父と「なんとしても続けさせよう」という母とがそこにいた。『簡単にやめるわけにはいかなくなった』。小6の時、器楽クラブがあ入り、リコーダーやトランペット・アコーディオン・ビブラフォン・太鼓等の楽器を触らせてもらった。器楽演奏の大会があって レコードにしてもらったのが嬉しかった。
洋楽は、ポールモーリア(オリーブの首飾り)・レイモンルフェーブルオーケストラ・ペレスプラード楽団等を聴いた。邦楽は、ベストテン世代であった。当時は、アイドルが常にランキングトップにいるようなことがなく、内容のいい音楽は売れていたと思う(思い込みもあるかな)。ダンスブームもあって、洋楽を取り入れたものは新鮮だった。また ギターも流行っていた。演歌もトップランキングするような時代であった。”タイムショック”である。

中学の時は、ピンチだった。クラブで遅くなりなかなかレッスンにいくことすら難しくなったが、先生は2週間に1度でもいいよといってくれ 気分が紛れた。英語の先生が、ギターで「Rod Stewart  Seiling」を弾いてくれ、英語が好きになった。 勉強をそんなにしたわけでもないのだが、受験のために3ヶ月間だけレッスンを休むことにし、また始めた。この頃には、ラジオ(オールナイトNIPPON)を聴いたり FMのエアーチェックをするようになっていた。ロイヤルフィルのフックト・オン・クラシックス等は、なかなか楽しかった。


日本の国のおこり


日本の国のおこりは、「古事記」「日本書紀」から、外国の記述によるもの等が遺され、謎に満ちている。先住民族はなく、北方系、南洋系、朝鮮、中国、インド、イスラム民族等が移住して「ムラ」をつくり 酋長が統治していたのだろう。「神話時代」があり紀元前660年2月11日(旧暦1月1日)が紀元節とし神武天皇以来が記述されているのだが。「後漢書」によると、弥生時代(57)光武帝が倭国の使者に金印を渡したとされ、倭国があったとされる。当時の遺跡は発掘されているが、埋葬方法は甕棺であった。その後「魏志倭人伝」には、卑弥呼(175?-248頃)が金印を授かっているとされている。卑弥呼は、神宮皇后とされている説が有力である。卑弥呼の陵墓は、奈良の箸中古墳だとされる。そこでは以西の各地から土器等の遺跡が集まっていることから、邪馬台国が九州から奈良に遷った説が有力とされている。その頃から奈良、大阪等全国的に古墳がつくられた。卑弥呼の没後は騒乱が100年程度続き、400年頃河内平野に拠点を移し、応神天皇や仁徳天皇が権力をふるっていたとされる。。大阪府堺市百舌鳥耳原陵(通称 仁徳天皇陵)は、堺市市役所展望室からその姿が望める。

私たちが学校で学んだ「歴史」は、奈良時代から近代まで克明に描かれておりました。神話時代は謎が多く、よくわかりません。また近代(明治、大正、昭和初期の歴史は 詳しく掲載されてなく知識が乏しいです。戦後も殆ど記述がなく、60年前からは日本は何を遺してきたのかと思いました。また、当時の陵墓名称の標記が変わっていることや、天皇陵に関する調査が殆ど進んでいないことも残念であります。もっと大切に扱っていかなければ。

 


ザルツブルグ


ザルツブルグは、オーストリア共和国の西方にあり、ドイツと国境を接する。モーツアルト(1756-91)、カラヤンの生誕地。サウンドオブミュージックの舞台でも知られている。標高が400mで、空気が澄んでいるために涼しく感じられる(1)。秋は2週間前後と短く、落ち葉が舞って、雪が降る(2)。ウインタースポーツは盛んである。人口は、15万人程度の街であるが観光客が多い。ホテルも多く、出稼ぎも多い。ザルツブルグ音楽祭の時期は、街全体が一杯になってしまう。結構大きな楽譜屋があるので寄ってみるのもいい(3)。モーツアルトの記念館は、門がとても愛らしいのだが、国際モーツアルテウム財団によって管理されている(4)。記念館は、日本語のガイダンスも受けられるが、入館して最初の音楽は、ピアノコンチェルト21番二楽章であった。市の広場には、モーツアルトの像がある(5)。交通だが、ザルツブルグへはウィーンから特急で4時間程度かかる(6)。特急列車は、各シートに電源装置がついているので便利。

ピアノソナタハ長調K330は モーツァルトが母に送った手紙のようなもの。
2楽章 アンダンテは 哀しみを振り払うかの モーツァルトの叙情的な一面が見られる。

ザルツブルクにある モーツァルト記念館

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7/17 なでしこ 初優勝


なでしこ 初優勝 おめでとう 鳥肌がたった。奇跡でなく本当に勝ったんだ。素晴らしい 女子サッカー
2011年7月17日は忘れない。

澤の神業、ゴールは何回みてもよい?

海堀のセーブ PK の末なでしこが優勝した。

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女子人気


吉田えり プロ野球選手 女性で渡米し 殿堂入りをした。

スポーツは体格が優位にたつといわれているだけに
どうやって克服するか 精神力が強いのだろう。

関西独立リーグで 紀州レンジャーズが負けたのだが、このとき 吉田えり選手を打ち込めなかった。

ナックルは唸ってたんだろうなぁ。
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ヒルズから危機管理センター


六本木ヒルズから 首相官邸 危機管理センターをのぞむ。
北朝鮮がミサイル発射訓練を行ったことに関連して 日本も警備を強化。
日本は、防衛力を強化するのか。(自衛権)
日米同盟 の意味とは。アメリカ 国連 の抑止力 とは。
北朝鮮は、アジアにとっては脅威となる。ミサイル1発が 誤って 犠牲を生むことになったら 中東と同じような 厳戒態勢が必要になる。

平和で自由 そして 無宗教 こんな国こそ、経済だけでなく 思想でも一歩先をいってるのだから 世界平和に貢献していると思う。


高知に巡礼


2日から 高知に 行ってきました。ルートは、2通りあるのだが。今回は、和歌山フェリーで徳島へ渡り、沿岸を走り、室戸岬へ。それから、安芸市、高知市へ。帰りは、山間部を通って 大歩危・小歩危 大杉村 池田 経由 徳島港 和歌山のルートです。走った距離は、400km。

この写真。恐れ多い。弘法大師の巨像である。室戸岬の程近くに 御厨人窟(みろくどう)という洞窟があり、青年時 真魚(まお=本名)が修行していた。記憶を司る 虚空蔵求聞持法 (こくうぞうぐもんじほう;虚空蔵菩薩=記憶の仏様)を唱えた。この洞窟から 空と海が見える=空海の称号を思いついたとか。

この洞の周辺。確かに、激しい波しぶき、風も強い。植物も育ちにくい環境だ。魚は、岩場なので そんなに取れないと思う。
洞窟の中は、結構広かった。水滴が滴り落ちる。
そして、寒くもなければ、暑くもない。風もない。不思議なところだ。

高野山、東寺、御厨人窟を3大聖地と呼ぶ。

徳島から 室戸岬へ 第24番霊場 最御崎寺(ほつみさきでら)でお参り、安芸市へ。安芸市は、阪神タイガースの球場があることで有名。鯉のぼりの山渡しが復活したらしい。他に 珍しいが、書道美術館がある。
書 は 自由な世界らしい。キーワードは、「水」「清」が多かった。安芸城址など見てまわり、高知市へ

高知市に入り、はりまや橋 路面電車 竜馬 キーワードがたくさん。橋本大二郎が大きくした。高知県である。
県立美術館がありますが、ここは、シャガール美術館としても有名である。ファンは一度ならずとも訪れるべきである。

ちなみに、「月夜の恋人」は、幻想的な絵で気に入って家にある。
今回は、ポエム(詩)から 全24点が 展示されていた。
他のシリーズ(たとえば「聖書」)は100点にのぼるため、一度に展示できないという
シャガールは、幻想的だと言われるけれど、実は、リアリストだったのかもしれない。ロバや、飛んでいる人、鳥、妻のこと。など、巡りめぐってることをそのまま描いているのだと。ユダヤ人が迫害を受けることへの 怒り、悲しみをも表しているという。ポエム(詩)を見ると、詩が添えられているので、絵が強烈に何かを訴えているように思える。

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