3月10日~11日 東北へ訪問した。仙台空港から 見下ろす 名取市 の海岸 地区
空港から 2駅 杜せきのしたという駅があり イオンモールもある。普通の町。そこから 車で10分くらい海岸に向かうと 突然 家がなくなって 基礎部分だけが残っている平野が広がっていた。名取市 閖上地域。震災から4年経って この状況。復興が遅れている。
ここに日和山がある。高さ6.4m、ここから海の先がみえ 漁の良しあしを決める高台。おばあちゃんなどもよくここに寄りあっていた。津波は、日和山を越えていった。奇跡的に あの 一本松は残った。その後 木のお医者さんにみてもらったが 松は元気に残っている。象徴になっている。
過去の津波で被災したことが 石碑に刻まれている。それが右下の碑文。しかし 最近ではなく 随分昔のことなので 見たこともない 津波8.4mの高さだった。
「めばえの塔」 慰霊塔がある(撮影禁止)944名の名が刻まれている。
日和山には 基金が創設され、手すりがつけられた。日和山の上にのぼった。言葉をなくした。たくさんのお花が供えられている。この山に登る前に流されてしまったのだという。ここからの景色は 何ともいえない。ため息だけがでる。
日和山 の下には 社務所があり、社務所の方がいろいろ話してくれた。一人ひとりに声をかけられていた。「おつかれさまです」「どうされましたか」
次に 仙台市若林区荒浜 閖上からは 車で15分くらいのところ。荒浜小学校は立ち入り禁止。視界全体に、基礎部分だけが残った更地が広がる。防波堤をつくっており、高さ6m以上。海に近いところで危険地域に指定されたところは 住民が移転した。かさあげ工事が必要で これからといったところ。復興が遅れている。
高さ8m「慈聖観音」が建っている。ここには、180名が刻まれている。静かに、手を合わせた。ここは、津波区域に指定され 人が住めなくなってしまった。
ここは人通りが少なく 寂しいところだった。人はとぼとぼ歩いてくる。土地が沈降しているのか 浸水している。また、黄色いハンカチを掲げ、この荒浜を何とかしてほしいという住民のひとりが 青空でパネル展示をしていた。
松原も 4年くらいでは 木が育たなくて 枯らしているような状態にみえる。海水で 植物が育たない土壌になってしまったのか。
葉が生えていない木がたくさんある。