Author: nishikunn

☆PCPAL代表取締役 日本アコーディオン協会理事 FMはしもとパーソナリティー  ピアノテクニシャン  なにわシャンソンコンクール審査員 市ボランティアサークル連絡協議会副会長 TOPページへnishikunnのページ

津和野「太鼓谷稲成」 


津和野「太鼓谷稲成神社」

出雲詣が終わり、山口へ。島根県出雲市から国道9号線(山陰道)高速またはバイパスで。大田市(おおだし)江津市(こうづし)浜田市(はまだし)益田市(ますだし)を通過。
「山と海」、日本海沿いの風光明媚な町、リアス式海岸、白い砂浜など ずっとみても飽きない。津和野町(つわのちょう)に入る。津和野は 森鴎外の生地でもある。また、産業では 津和野のふき わさびは有名。車で走らせていると、目の前に突然ものすごい大きな朱色の鳥居があらわれた。「津和野大鳥居」という。島根県では2番目に信仰を集めている「太鼓谷稲成神社」。ただ事ではないというか、導かれるように道を走らせると、急な坂道を歩いている女性や外国人観光客が。気温は36℃。高台にこの社はある。津和野の街を見下ろせる場所。パワースポット。千本鳥居がここにある。

伏見稲荷大社・笠間稲荷神社・竹駒神社・祐徳稲荷神社とともに日本五大稲荷の一つに数えられる。出雲大社に次いで県内2位の年間参拝客を誇る。

安永2年(1773年)、津和野藩7代藩主亀井矩貞が、藩の領民安寧のために京都の伏見稲荷大社から勧請を受け、三本松城(津和野城)の鬼門に当たる太皷谷の峰に社を創建したのに始まる。以降、歴代藩主の崇敬を受け、廃藩後は庶民も参拝できるようになり、中国地方有数の稲荷神社となった。津和野城の城山の一角に位置し、江戸期には時刻を知らせる太鼓が鳴り響いた谷間であったことから太鼓谷と呼ばれる。「稲成」と表記するのは、願い事が叶うようにとの思いから。

宇迦之御魂神(稲荷神)衣食住の大祖神様、五穀豊穰の神様であり、江戸時代よりは商売繁昌の神様としても信仰された。 願望成就の神様として崇敬。 御神徳は五穀豊穰・産業発展・商売繁昌・開運厄除・福徳円満・願望成就(良縁・学業・受験など) また、失せ物(紛失物)発見などのご利益。
伊弉冉尊 伊弉諾尊(いざなぎのみこと)とともに日本の国造りの神。 御神徳は、創造開拓 夫婦円満 良縁成就 開運 病魔退散 鬼門除け 方災除け

4か所参りをする順番は、まずは元宮へ。そして、元宮の裏へ回り、命婦社へ。3番目にご本殿へ参拝し、最後にご本殿の裏へ回り奉拝所にお供えします。

 


「美保神社」ゑびすさま


「美保神社」ゑびすさま

出雲大社とあわせて「出雲のえびすだいこく」事代主神系えびす社3,385社の総本社。えびす神としての商売繁盛の神徳のほか、漁業・海運の神、田の虫除け、「鳴り物」の神。4月7日の青柴垣(あおふしがき)神事、5月5日の事代主神とその御后の御神霊を「地之御前」「沖之御前」島から迎える神迎(かみむかえ)神事、12月3日の諸手船(もろたぶね)神事などがある。

御祭神 右に 事代主神 海上安全・大漁満足・商売繁盛・学業・歌舞音曲(音楽)
大国主神の第一の御子神。鯛を手にする福徳円満の神えびす様「海上安全、大漁満足、商売繁昌、歌舞音曲(音楽)、学業」の守護神。また、出雲神話・国譲りの段において御父神・大国主神より大変重要な判断を委ねられた尊い神。

左に 三穂津姫命 五穀豊穣・夫婦和合・安産・子孫繁栄・歌舞音曲(音楽)
高天原の高皇産霊命の御姫神で、大国主神の御后神。高天原から稲穂を持ってお降りになり、人々に食糧として配り広められた神で「五穀豊穣、夫婦和合、安産、子孫繁栄、歌舞音曲(音楽)」の守護神。美保という名はこの神の御名に縁があると伝えられている。

創建 天平5年(733)編纂の『出雲国風土記』及び延長5年(927)成立の『延喜式』に社名が記されており、遅くともその時期には「社」が存在していた。境内地からは4世紀頃の勾玉の破片や、雨乞いなどの宗教儀式で捧げたと考えられる6世紀後半頃の土馬が出土しており、古墳時代以前に祭祀が行われていたとされる。

本殿 文化10年(1813)造営。大社造を二棟並立した「美保造」で特殊な形式で、国の重要文化財に指定。

拝殿 昭和3年(1928)造営。設計は、明治神宮や築地本願寺を設計した建築史学者、伊東忠太氏。

神門 昭和3年(1928)造営。檜材・杉板柿葺きの屋根。注連縄の直径は50cm。吊り下げられた二つの祓解(ばっかい)。祓具を奉げ、奏楽する「祓解奏」という神事がある。

美保の崎(地蔵崎)鳥居の約4km先の島を『沖之御前』、手前を『地之御前』という。海底から神楽の音の響きがすると伝えられている。ゑびす様がこの島で鯛釣りをしていた。

宝物殿 様々な地域から夥しい鳴物の奉納があり、そのうち846点が国の重要有形民俗文化財に指定。七日など指定日に、こちらで展示される。

日本渡来最古のアコーディオン
朝日千助 嘉永2年(1849)奉納 天保12年(1841)頃、オーストリア・ウィーンで製作された、日本渡来最古の手風琴(アコーディオン)。
朝日千助は松平治郷時代の家老、幕末の頃、子孫の手による奉納。アコーディオンは、雅楽で使われる鳳笙がもとになったと考えられています。中国の笙が中世にヨーロッパに渡り、19世紀前半に笙をヒントにハーモニカが誕生し、ハーモニカが発展してアコーディオンになったと言われている。

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この日、美保関灯台を先に御参りした。地蔵埼からみえる「地之御前」「沖之御前」をみた。日本海の水平線と「隠岐の島」がとても綺麗。
そして、美保神社へ。夕方だった。港町で、大漁を祈り、漁師の生活を見守っている感じがした。漁船が多くみられ盛んな様子。「イカ飯」が名産だそう。

夕方、人はそんなにいなくて 落ち着いた参拝となった。そういえば 駐車場、僕の横に女性が車をとめた。白のブラウスにベージュのスカート。神門から入り、拝殿から本殿へ丁寧に参拝。周囲の摂社など一つ一つの神に柏手を打つ音が響いた。姿勢がよく清楚で凛としていた。

 

向かって右が、三穂津姫命 女神 内削ぎ 鰹木 偶数。左側が、事代主神 男神 は外削ぎ 鰹木 奇数。の原則です。

大社造を二棟並立した「美保造」で特殊な形式。


ベートーヴェン/ピアノソナタ第31番変イ長調「嘆きの歌」Klagender Gesang


ベートーヴェン/ピアノソナタ第31番変イ長調作品110

強音でなく、静寂の世界や節約・凝縮された構成 のだめカンタービレの「嘆きの歌」の場面で使われる。

ベートーヴェンのピアノソナタ32曲の中で 後期ソナタ 30番 31番 32番 の2つ目にあたる。
ブレンターノに霊感を得たのでは。29番の「ハンマークラヴィア」で すべて出し切った感があるが、
さらに進化した 30番 31番 32番 の深淵なる世界へと昇華している。

30番は、はじめ 水の流れるがごとく 前奏曲のような1楽章で 2楽章のスケルツォを強調している。3楽章は、ファンタジックなテーマの変奏曲で
ドビュッシーを思わせる未来的な音の扱い。32番は 2楽章のソナタで 1楽章は徹底したフーガが決然と表される。2楽章は変奏曲~嘆きの歌~浄化された高い音と弦楽
を思わせる。その中にあって 31番は個性的なソナタで 幻想曲と呼んでもよいのではないか。

ベートーヴェンは気づいていた。ピアノソナタが限界に来ているのを。形式を重視するのは悪くないが、おきまりの処理で、正直なところ自由に作曲できない。
もちろん 工夫は必要だが。テーマを謡う第1楽章。間をとりゆっくりテンポの第2楽章。元気で滑稽なスケルツォの第3楽章。ロンドとコーダの第4楽章・・・
完成した楽章「組曲」を関係調でつなぎとめたものではソナタというには乱暴だ。調性が「関係調」のみだと自由に欠ける。

そこで、新しいものを打ち出す。楽章の最終音に明らかな変化。最強音では終わらず、次の楽章につなぐ役目。
楽章間の拍手を嫌ったともとれる。最初の楽章で使った音が、他の楽章でも変容し登場、終楽章での回帰など効果を高める。
終楽章での予想しない調性への転調はファンタジックになる。長いコーダは緊張感があり、演奏効果が高い。
なお、このソナタは「献呈者なし」となっている。通常は「献辞」が添えられているはずだが・・・どうなったのか。
自分のために書かれた唯一の作品と言えるかも。

Beethoven: Piano Sonata No.31 /Kate Liu

第1楽章 冒頭の4小節と6小節 これがこの楽章を支配する。右手・左手を交換するかたちなど無駄がない構造物のよう。
流れるような32音符のアルペジオが流麗である。素材の使い方が絶妙。

流れるような32音符のアルペジオ ドイツ語表記

 

短調 シンプルでのびやかな旋律が寂しさを。左手のバスが謳うところは丁寧で歌謡的に。
今度は 左手に32分音符のアルペジオにとってかわる。

第1楽章の最後は、最強音で決然と終わらない。次の楽章につなぐ表示。アタッカのような感じ。

 

第2楽章 スケルツォ 4分の2拍子 ヘ短調 4小節単位で括る。武骨な感じが否めないが これがコンパクトにできている。
突然終止 シンコペーションリズムの使用など これだけで充分 構成をなしている。
中間部 変二長調 変ト長調の和音が出てくる。何か苦心をしたのだろうか。リズムに特徴はあるものの 旋律的には感じられないが、無駄に長くせず
次の楽章へと導く。

第3楽章 8分の6拍子 変イ長調 「フーガ」

変ロ短調 レジタティーボ 幻想曲風から

コーダ「発展形」となり、盛り上がりの前にフーガの世界。パストラール風で舟歌(漂流している哀しみ)を組み合わせた。このフーガは、バッハとは違う。
ベートーヴェン風カノンというか。変イ短調『嘆きの歌』アリオーソ・ドレンテ(Klagender Gesang) バッハの『ヨハネ受難曲』の「Es ist vollbracht」と関連性が。
ベートーヴェンの嘆きは人間的に感情を伴うもの。

変イ長調 フーガ

ト短調 アリオーソ 「疲れ果て、嘆きつつ」(Ermattet, klagend)バス、アルト、そしてソプラノ

ト長調 フーガ 上行形のフーガ (前出のフーガの反行形)「次第に元気を取り戻しながら」(Poi a poi di nuovo vivente)と記した

変イ長調 コーダ

コーダ 右手のアルペジオが左手にとって代わられて推進する。フーガで出てきた4度進行をコーダでは6度の跳躍で応答している。(オクターブでの転回または反行形)
左手のアルペジオが劇的に ストレットのように高めていく。最強音の変イ長調のアルペジオは、勝利を得、天にも昇るよう。
上から下へ降りてくるアルペジオと、がっしりと掴んだ和音の響きで終えている。

終わった感じがしないのは、32番があると言っている、ベートーヴェン。


レジタティーボ 幻想曲風 小節線はもはやなく めまぐるしく転調する Aの連打は クラヴィコードを想定して書かれている。
等分でなく フレーズをよくみて。休符こそ入ってないが そこには「間」がある。


変イ短調『嘆きの歌』アリオーソ・ドレンテ(Klagender Gesang) バッハの『ヨハネ受難曲』の「Es ist vollbracht」


変イ長調のフーガ バス、アルト、そしてソプラノが重ねていく。


ト短調の アリオーソ 「疲れ果て、嘆きつつ」(Ermattet, klagend)

ト長調のフーガ 上行形のフーガ (前出のフーガの反行形)「次第に元気を取り戻しながら」(Poi a poi di nuovo vivente)イタリア語で記した

 

フーガの高度な処理。ト短調に変わり、付点のリズムが一層 難しくさせている。苦悩がうかがえる。

ピアノソナタは32曲あるが このような終わり方は この曲しかない。考えぬかれた構成。第1楽章に出てきたアルペジオが最後にこのようなかたちで出てくる。
終わった感じがしないのは、32番があると言っているのでしょう。


「リラ・クラシック」2019.8.31(土)7:00 ベートーヴェンvol.55


「リラ・クラシック」は、クラシック音楽でリラックスする60分。第3週・第5週 パーソナリティ マコルネがお届けします。ネットラジオ ※パソコンの方は、リンクをクリックで視聴 http://csra.fm/asx/hasimoto.asx  スマホアプリ(TuneIn Radio)。 設定でモバイル視聴 http://816.fm/?page_id=71

【曲予定】ベートーヴェン/4手のためのピアノソナタ ニ長調 Op.6
「ミサ・ソレムニス」より「アニュス・デイ」
ピアノソナタ第31番変イ長調作品110
交響曲第7番イ長調第4楽章

モーツァルトは作曲家として天才的で神童。ベートーヴェンはピアニストとして大成するが、作曲家としては推敲することにより大規模な作品が生まれた。
また、モーツァルトやハイドンよりも大胆な改革をしている。弦楽四重奏曲やピアノ三重奏曲、ピアノ協奏曲、ピアノソナタの作品に投影される。
オペラには苦労したようだ。

ピアノソナタは、第27番あたりはスランプだった。歌曲集「遥かなる恋人に」An die ferne Geliebteを作曲し、ブレンターノへの憧れを表現する。そして乗り越えてこその
第29番「ハンマークラヴィア」と後期30、31、32番の三大ピアノソナタがある。そこにはバッハの平均律の研究が垣間見られる。
あの第九やミサ・ソレムニス、ディアベリ変奏曲、大フーガも生まれた。

耳が聴こえなくなったが、イメージと音感はたしかで。各パートに一つずつ音を与えては加えていく作曲。時には、ピアノを鳴らしながら拡声器で振動を聴いたりしていた。
音楽家に絶対の誇りを持ち、神に近い存在だといった。

31番のソナタは、32番のような「悟り」でなく30番のように「水に流れる」ものでなく
「立ち止まり考え抜いたもの」答えを出したのが『嘆きの歌』だった。シンメトリックな構成でなく、第3楽章のコーダに重点を置く。

第3楽章「嘆きの歌」(Klagender Gesang)~ フーガ ~「疲れ果て、嘆きつつ」(Ermattet, klagend)~
フーガ「次第に元気を取り戻しながら」(Poi a poi di nuovo vivente)~ コーダ

フーガを取り入れることにより「横の揺れの空間」をつくり、音楽の充実をはかった。8分の6拍子は、牧歌風のパストラーレであるが、哀しみの中に浮かぶ舟歌でもある。
バッハでいうジーグとはまた違う音楽性。拡大したコーダはアルペジオで高潮し最強音に登りつめ和音で掴みとり
天を見出した・・・ なお、このソナタの献呈者は、ブレンターノ?でなく献呈者なしとなった。自分のために書いた唯一の作品といえるかもしれない。

Hélène Grimaud – Beethoven – Piano Sonata Nº31 Op110 (9分22秒から 第3楽章「嘆きの歌」~フーガ~)


小さな戦争遺跡「奉安殿」~竜門のてまり唄~


小さな戦争遺跡 ~竜門のてまり唄~

著者 神林規子 光陽出版社

神林さんは 鋭い感覚で 現代と当時をクロスオーヴァーの世界に引き入れる異色の作家です。
「小さな戦争遺跡」をご紹介いただきました。

8月22日(木)13:00~ FMはしもと81.6 マコルネのおきがるタイム
2時台「トークン&トーク」のコーナーで一部ご紹介させていただきます。ネットラジオに対応
記事はこちら

今から74年前、今日は「終戦の日」です。戦時中、全国にあった「奉安殿」の事 ご存じですか?
御真影と教育勅語が祀られていたところです。御真影とは、天皇陛下と皇后陛下のお写真の事です。教育勅語は1910年に制定された。当時は、職員室、校長室に「奉安所」があった。生徒に対しては教育勅語の全文を暗誦することも強く求められた。特に戦争激化の中にあって、1938年(昭和13年)に国家総動員法(昭和13年法律第55号)が制定・施行されると、その体制を正当化するために利用された。そのため、教育勅語の本来の趣旨から乖離する形で軍国主義の教典として利用されるに至った。「奉安殿」の前では脱帽、最敬礼。また、教育勅語を読み誤る職員は左遷。御真影が火災、地震などで焼失・損壊した時、校長が割腹自殺をした。教育勅語を読むときに、くしゃみをした生徒に往復ビンタがとんだこと。戦争は「非常事態」繰り返してはならない。

「奉安殿」が驚く場所にあった事、これに気付く人はいるのだろうか。時代を紐解きます。


出雲日御崎 日沉宮(ひしずみのみや)


日御崎神社 日沉宮(ひしずみのみや)出雲日御崎大神宮

「祖神(おやがみ)さま」下の本社/日沈の宮 と 上の本社/神の宮 を総称。『出雲国風土記』に「美佐伎社」と記される。
下/天照大御神(アマテラスオオミカミ)上/神素盞嗚尊(スサノオノミコト)を祀る。

経島(ふみしま)は御神域。日御碕大神宮 下の本社(日沉の宮、ひしずみのみや)は天暦2年(948年)、村上天皇勅命により祀られる。上の本社(神の宮、かみのみや)は安寧天皇13年(紀元前536年)、勅命により祀られた。伊勢神宮が「日の本の昼を守る」のに対し、日御碕神社は「日の本の夜を守れ」 との「勅命」による。
現在の社殿は3代将軍・徳川家光の命によりつくられた。ここでは「御神砂守」がある。陳列されておらず、社務所できいてみましょう。限定発売です。

出雲大社に行く前に「稲佐の浜」に着くと、広がる海岸線と水平線をみつめる。
西を守る神に気づき、西北にある「日御崎宮」に導かれると思う。
ここに来ると何というか清々しい気持ちになれる。キヨキヨ

稲佐の浜より 美しい海岸線と 小さいながらも日御崎が見え 導かれるように行けた。

経島(ふみしま)※ 御神域

隣に港 テトラポットがある。

楼門 鮮やかな朱

下の宮 「日沉宮」天照大御神(アマテラスオオミカミ)

稲荷神社

上の宮「神の宮」神素盞嗚尊(スサノオノミコト)

何度みても堂々たる拝殿


美保関灯台


美保関灯台

1898年(明治31年)島根半島の東端 地蔵崎の馬着山に、フランス人により設計。当初は「地蔵崎灯台」と呼ばれた。1930年に与謝野鉄幹・晶子夫妻が地蔵埼を訪れ、後に碑文がつくられた。1935年(昭和10年)「美保関燈台」と改名。1998年(平成10年)世界燈台100選に選ばれる。2007年(平成19年)、国の登録有形文化財となる。2009年(平成21年)、近代化産業遺産に認定。灯台横の旧吏員退息所は「美保関灯台ビュッフェ」として観光のスポット。岬から見える鳥居は「沖の御前島」、美保神社の祭神、事代主神が鯛釣りをしていたとされる。美保神社は、事代主神と三穂津姫命が祀られており「国引き神話」に登場することから「出雲だけでは片参り」と、出雲大社とともに拝む習わしがあります。

中海は、汽水湖であり、淡水性と海水性の両方の生物が生息している。ヤマトシジミが収穫。島根県松江市・安来市と鳥取県境港市・米子市にまたがり、弓ヶ浜半島と島根半島に囲まれている湖で、日本では5番目に大きい。2005年(平成17年)11月8日には、ラムサール条約に登録。江島と大根島があり、また名勝「日本庭園 由志園」がある。

境水道大橋 全長709m、幅8m(2車線)の3径間連続トラス橋。昭和47年7月開通。竣工当時、中国地方最長、全国で5番目の橋梁。支間長が240mと広大な設定。歩道が設計されている。2002年まで有料道路であった。美保神社へは7km、美保関灯台までは10㎞の距離にある。

「夫婦岩」美保神社に行く途中にある。

美保関灯台の入口「燈臺」と旧字体で書かれている。

旧吏員退息所は「美保関灯台ビュッフェ」としてオープンした。

展望台よりのぞむ、絶景のひとつ。

「大山」が要塞のごとく聳えている


奥大山ブナの森「木谷沢渓流」


木谷沢渓流 奥大山ブナの森

宇多田ヒカル 奥大山の天然水 のCMでおなじみ

蒜山から奥大山に入ると休暇村があり その景観は素晴らしい。大山の圧倒的な北壁が見える。
奥大山駐車場から散歩道を少し入るとブナの森で涼しい。湿気も多く、蚊が多い。しかし、この湿り気がブナの森をつくっている。
水が冷たくて気持ちがよい。約1時間の散歩は体が癒される。

奥大山の天然水で出てくるのは 烏ヶ山(からすがせん)1448mの事だろう。大山山系 尖った山頂から マッターホルンともいわれている。
2000年に鳥取西部地震で崩落があり通行禁止。2016年10月にふたたび地震による崩落で通行禁止に。
大山周辺の地質は安山岩。なかなか近づけず、手つかずの自然がのこされている。

奥大山駐車場から頂上まで約2時間。登山道の状態はよくなく、藪漕ぎで岩場あり急登あり鎖場あり。
防水靴やゲイターをお忘れなく。

 


「リラ・クラシック」2019.8.17(土)7:00「シューマン」vol.54


「リラ・クラシック」は、クラシック音楽でリラックスする60分。第3週・第5週土曜 パーソナリティ マコルネがお届けします。全国、全世界ネットラジオ(PC)※パソコンの方は、リンクをクリック 視聴できます。 http://csra.fm/asx/hasimoto.asx スマホアプリ(TuneIn Radio)。アプリを 設定するとモバイルで視聴できます。 http://816.fm/?page_id=71

【曲予定】シューマン ピアノ協奏曲イ短調作品54より第1楽章 「子供の情景」から「夢」【トロイメライ】
ペダルピアノのための練習曲第2番イ短調作品56-2 交響曲第3番「ライン」より第5楽章

クラシック音楽でロマン派のシューマンの作品は大変重要です。メンデルスゾーンとともにドイツロマン派音楽を支えた。
シューマンの音楽は文学的・詩的であり、それが溢れている。クララとの結婚の時期は、歌曲を集中的に作曲した。

シューマンは初めて「音楽評論家」を仕事とした。音楽界にブラームスを紹介したのは彼である。
また、シューベルトの新交響曲を発見したのも彼である。そして、バッハ没後100年を機に「バッハ協会 Bach-Gesellschaft Leipzig 」の設立に尽力した。

ペダルフリューゲルのための練習曲 シューマンはこの楽器に興味を持った。オルガンで演奏される事もある。

Schumann: Eschenbach dirigiert Sinfonie Nr. 3 | NDR (Elbphilharmonie Orchester)


2019.8.22(木)13:00「おきがるタイム」vol.154


2019.8.22(木)13:00「おきがるタイム」FM816
サイマルラジオ対応 (インターネット放送)(PC) http://csra.fm/asx/hasimoto.asx
※ スマホは、アプリの設定をご覧ください。 http://816.fm/?page_id=71 

【予定曲】ミスター・サマータイム ラ・ボエーム しますえよしお 失われた恋 戸川昌子 喜び 酔いどれたち 80分間島内一周 銀色のセスナ
夏の思い出 椰子の実 夏の終わり 夜来香 岬めぐり

【コラム】処暑(しょしょ)。夜虫が鳴き始めました。少しづつ大きく上手になってきています。穏やかにお過ごしください。

朗読をさせていただきます『小さな戦争遺跡』神林規子氏の「竜門の手まり唄」
奈良女子大にある戦争遺跡の事、気づかせていただきました。

8月4日は 山口県まで演奏に出かけました。主催:softbach-society「第6回バッハ音楽礼賛祭」合唱団、弦楽合奏へ入り出演しました。
一人一人の生活があり音楽がある。わかち合えることを喜びたいと思います。

大山(1709m)

出雲大社

美保関灯台


出雲大社(いずもおおやしろ)


出雲大社 いずもおおやしろ 杵築宮 きづきのみや 出雲国一宮  祭神は大国主大神
神代の崇神天皇六十年七月(紀元前38年)に創建、伊勢神宮はその22年後の創建とされる。

大社のなかでも特別であり、その作法を学んでこそ

零 弁天島の稲佐の浜 弁財天にお参りし砂をいただく

一.勢溜の鳥居から境内に入る
二.祓社で穢れを落とす
三.祓橋を渡って穢れを落とす
四.手水舎で穢れを落とす《丁寧に清める》
五.拝殿に参拝 二拝 四柏手 一拝
六.八足門から本殿に向かって参拝
七.素鵞社に参拝 床下にある砂置き場にて稲佐の浜の砂と置き換える(少なめにいただく)
八.   本殿は二回御参りする

なお、美保神社を御参りすること。出雲大社のみの参詣は「片参り」と昔からいわれ、出雲大社参詣の際は必ず美保神社へもお参りする習わしとなっていた。

2019年8月3日参拝

素鵞川(Soga-gawa river)と吉野川(Yoshino-gawa river)が御神域を清めている。合流する「浄の池(Kiyone-no-ike pond)」
北には禁足地の「八雲山(Yakumo-yama)」

日の出とともに「稲佐の浜」へ。誰もいない、地元の人がお水をとりに来ているよう。弁財天から大社の方をみると、眩いほどの陽の光を浴びた。
この岩は堅く簡単に崩れるものでなく 自然の力のみ。貝や海苔や虫がついているが、神々しい潮の匂いをたんまりと感じた。
このあと「祖神(おやがみ)さま」出雲日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)へ向かう。

出雲日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)出雲半島の西端にあり、日沉宮(ひしずみのみや)を祀る。伊勢神宮が昼を守る神であり、日御碕神社は夜を守る神。
経島(ふみしま)は、ご神域として立入はできない。8月7日の夕日の祭の時に宮司のみが舟で渡ることができる。ここに来ると なんというか清められる感じがする。

そして、出雲大社 境内へ

拝殿と庁舎 国旗が掲揚されている

八足門から御本殿へ参拝

記念に御朱印をいただく。この後、反時計まわりに拝するのが参拝マナー。

素鵞社(そがのやしろ)大国主大神の親神、須佐之男命(スサノオノミコト)を祀る。

 

拝殿

西神苑のウサギ たくさんのウサギに出逢える。

2019年5月 令和元年に 伊勢神宮にお参りした。出雲大社は 機会があれば行こうと思っていた。
西へ行く機会があり 大山(だいせん)そして、出雲大社をお参りすることができた。出雲大社は西を向いている・・・


2019.8.4「第6回バッハ礼讃音楽祭」出演の事


2019.8.4「第6回バッハ礼讃音楽祭」出演の事

14:00 山口県 旧県会議事堂

講演会 知られざるアリアの驚くべき発見物語 「すべては神とともにあり」BWV1127
ミヒャエル・マウル氏(ライプティヒ・バッハ・アルヒーフ研究部門長)【所長:ジョン=エリオット・ガーディナー氏】

コンサート 平均律クラヴィア曲集第2巻第1番~第6番
3台のチェンバロのための協奏曲第2番 BWV1064
アリア「すべては神とともにあり」BWV1127

フィナーレ 「われここ汝の飼葉桶の側に立ち」BWV469

主催:ソフトバッハ・ソサエティ Soft Bach Society

Dr.Maul Bach’s Lecture and concert by Softbach Society.I play the accordion,Messe h-moll “Ich steh an deiner Krippen hier “bwv469.

梅雨が明けてから1週間 毎日35度前後の厳しい暑さが。眩暈を覚える。広い空間だと冷房も効きにくい。
ソフトバッハ・ソサエティは、バッハ愛好家の集団。

今回は、ドイツからミヒャエル・マウル氏を招聘し、講演会&コンサートを開催。大変貴重なお話をいただいた。
300年以上前のバッハの作品に研究者が取り組んでいる。バッハの作品をマウル氏が発見したのだ。

私は、バッハ・イン・ザ・サブウェイズの日本実行委員をおおせつかっています。2018では、全国で13か所中6会場は私がオーガナイズ。
また2019 全国で12か所中 5会場は私がプロデュースしている。演奏参画者から好評を得ています。
来場者からは、大変意義があるので続けて欲しいとのエールをいただいています。
私としては、ソフトバッハ・ソサエティに協力していきたい。

私は、ミサ曲の合奏に出演しました。

合奏&合唱  バッハの讃美歌を全員で。聴衆の方とも一緒に歌いわかちあう。

山口県 旧県会議事堂 登録有形文化財

バッハの肖像と講演会

ソフトバッハ・ソサエティ 橋本絹代さん

講演会 ミヒャエル・マウル氏(ライプティヒ・バッハ・アルヒーフ研究部門長)の講演

“Discovery of Bach’s Aria” Dr. Michael Maul

アリア「すべては神とともにあり」BWV1127 マウル氏はヴァイオリンで出演

フィナーレ “Ich steh an deiner Krippen hier “bwv469

交流会の様子

ミヒャエル・マウル氏(ライプツィヒ・バッハ音楽祭総監督)と。