Year: 2022年

2022.10.13(木)13:00「おきがるタイム」FM816 vol.229


2022.10.13(木)13:00「マコルネのおきがるタイム」シャンソン・昭和歌謡・アコーディオン FM816 パーソナリティ マコルネがお届けします。
【ネットラジオ(リアルタイム配信)全国・全世界でアプリなしで視聴できます】https://www.jcbasimul.com/radio/1302/

【予定曲】金木犀 青春という宝 黒い鷲 黄昏のビギン 10月のハンカチ 楓 今夜はエンジェル 荒城の月 花かげ 学生時代 公園の手品師 三日月娘

【コラム】朝は涼しくなりましたね。10月、年末の声が聞こえてきそうです。

 

山の紅葉がはじまりました。

北アルプス「焼岳」2444m 穂高連峰 槍ヶ岳 上高地を一望。


宝登山神社「神武天皇」秩父・長瀞


宝登山(ほどさん)神社「神武天皇」秩父・長瀞(ながとろ)

社伝によれば、景行天皇41年(111年)、日本武尊による東征の際、遥拝しようと山頂に向っていると巨犬が出てきて道案内をした。その途中、猛火に遭い進路を阻んだ。巨犬が火中に入り消し止め、無事頂上へ登り遥拝することができた。巨犬は大山祇神の神犬であった。火産霊神を拝し、山麓に社殿を建て三神を祀った。この事により「火止山」、後に「寳登山」となった。その後、弘法大師の御跡を慕う「圓空」が永久元年(1113年)、この地に草庵をむすび「玉泉寺」を開き神仏が鎮まるところとなった。

御祭神:神日本磐余彦尊 (かんやまといわれひこのみこと、神武天皇)大山祗神 (おおやまづみのかみ)火産霊神 (ほむすびのかみ)
境内:本殿 神楽殿 みそぎの泉 御神木 御福銭  山門 玉泉寺 護摩堂 神池 相生の松
摂社:招魂社 宝玉稲荷神社 天満天神社 水神社 日本武尊社 藤谷淵神社(伊勢大神、八坂大神、野栗大神、諏訪大神、琴平大神、熊野大神、榛名大神、竃三柱大神)

宝登山山頂に奥宮があり、ロープウェイで登れる。山麓駅近辺に駐車場(有料)がある。私は、下の社地駐車場に停め、そこから歩いて山麓駅まで行った。
山頂駅から宝登山山頂、宝登山神社奥宮へはそれぞれ徒歩10分ほど。小動物公園がある。

境内:本殿は龍の飾りが。正面には5体の龍、奥には四神や孔雀・鳳凰。 側面に中国二十四孝。本殿は、背面に登龍門 の故事や張良・黄石公、東方朔・西王母の脇障子など。

みそぎの泉:日本武尊が東夷御平定の帰路、宝登山の美しさに魅かれ麓へ行くと「みそぎの泉」があり、禊をして頂上へと登り始めたという。

宝登山(標高497.1m)

宝登山神社奥宮

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境内

本殿 龍の飾りが

「みそぎの泉」投げ入れはしないでください!

御福銭と御神木

神楽殿

藤谷淵神社

宝玉稲荷神社

神池 オオサンショウウオかな

石段のイチョウとコオロギ 最近まで暑かったが秋をしみじみ感じさせる。


穂高の紅葉「焼岳」2455m上高地【北アルプス】


穂高の紅葉「焼岳」2455m 穂高・槍・上高地【北アルプス】

「焼岳」は、飛騨山脈に属する日本百名山。焼岳火山帯では活火山。大正4年(1915)に噴火し梓川をせきとめ上高地に「梓湖」(後の「大正池」)を出現させた。上高地の大正池からの焼岳の風景は親子のようだ。最近は2018年、有感地震が起き警戒レベルが2に引き上げられたが、地震活動がおさまったので2022年7月、レベル1に下がった(7月12日14時気象庁発表)。2014年9月、長野県御嶽山の噴火で多くの犠牲者が出たため、警戒情報が迅速かつ繊細に伝えられるようになったと思う。焼岳は、北峰(2444.3m)と南峰(2455.4m)で構成され、抉れたくぼみに火山湖「正賀池」があり近くに新火口「インキョ穴」が。現在、最高峰の「南峰」は崩落が多く立入禁止。北峰は、大岩に硫黄の成分が表出。また、白い噴気が出ていて岩が熱っぽい。山頂の標柱「北峰2393m」とあるが間違い(爆裂火口の北縁の小さな岩峰の三角点を山頂としていた)。木の標示板は2444mである。

登山口は①上高地側から②新穂高温泉側などあるが最近は「新中の湯ルート」が人気。距離約7㎞、往復5時間でこの絶景。しかし、山中でアクセスがよくない。また、トイレや避難所がない。万が一の時、どこに避難すれば。一番近い「焼岳小屋」は山頂から40分ほど。そのため、ヘルメット持参で岩に隠れる訓練はしておいた方がよい。それから登山口への夜の道は恐い。鹿が眼を光らせていた。突撃され車が損傷するおそれを考えると(知人で軽車両に鹿が突撃しボンネットを損傷、車が動かなくなった)・・・朝早くがよいかも。このヘアピンカーブが激厳しく対向はできれば避けたい。初心者は通行しにくいだろう。登山口駐車場は20台と少ないが、路肩などのスペースに停める事ができる。

さて、朝3時すぎに着いた。車は20台近く停まっていた。朝6時すぎまでひと眠り。7時までには出発したい。
コースタイム:標高差 848m 距離 6.7㎞
6時55分 新中の湯登山口 8時10分 下掘出合【標高2060m】 9時30分 【標高2300m】10時 山頂
11時10分 下山 13時10分 新中の湯登山口

足首も膝も痛くない。腰が少し疲れた感じ。下山後、リフレッシュするため温泉へ。その名も奥飛騨ガーデンホテル「焼岳」
露天温泉など6種類楽しめる。また「うぐいすの湯」は、混浴【湯あみ着用が条件】だそう。
内湯が①熱い②冷たい、露天が③ぬるい④熱い⑤足湯⑥寝湯

=== 余談===

穂高・槍へのアクセスは健脚向きで、日帰りはまず難しい。2泊3日など、涸沢で上高地から一日6時間、16㎞。何しろ30㎞ほど歩くから。
蝶ヶ岳の三股ルートは登り5時間10分で標高差1300m。どうせなら蝶槍まで行った方が穂高・槍を一望できる。そうなると蝶ヶ岳から蝶槍まで50分なので、往き6時間となり日帰りは微妙に難しい。下りは標準タイムとして3時間30分 + 40分 = 4時間10分 合計10時間10分。【二重稜線】などもちろん魅力はあるが、かなりキツいようだ。
同じ5時間使うなら、上高地→岳沢→前穂高の方がいいのかな。しかし標高差1570m、12.5kmで急登だから相当しんどい。水分補給と荷物を軽くしないと登れないと思う。やっぱり小屋泊がいいね。

それにしても、天気がよかった。山頂からのパノラマは飽き足らず、何枚も写真を撮り。なかなか降りることができない(笑)

大岩を右に巻いて登る事10分少しで北峰 頂上に。

北峰の噴気活動で硫黄の臭いがした。

登山道はよく整備されている。最初は、急登もなくハイキングといったところ。ぬかるんだところがある。

堀口出合【標高2060m】ここから南峰が先にあらわれる。北峰(白い噴気)が少し頭を出す。

紅葉がはじまったばかり。標高2000m~2300mは、10月10日前後がピークかな。それでも遅いくらい。だいたい3000m級で10月初旬に初雪が観測されている。

高く聳える山頂は胸が高鳴る。それがなかなか山頂に近づかない。標高差300mの厳しい登りを一歩一歩ずつ近づけていく。

標高2300mの岩。あともう少し。

稜線上に出た。

正賀池があらわれた。池の入り口まで硫黄泉があるのか、色が黄色いのがわかる。

白い噴気がみえる。

爆裂火口の新火口「インキョ穴」(中央の黒っぽいところ)。上高地に「大正池」ができた頃、溶岩が噴出した。

荒々しい火口。地球が生きている事を感じさせる。水の惑星「地球」が45億年前、マグマが沸き立ち、海上から突き上げ、陸地ができた。

頂上からのパノラマ 前穂高から吊尾根と奥穂高。槍ヶ岳 笠ヶ岳 上高地・・・

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温泉 奥飛騨ガーデンホテル「焼岳」うぐいすの湯
岐阜県高山市奥飛騨温泉郷一重ヶ根2498−1


「県社会福祉功労者表彰式」2022.10.3


「県社会福祉功労者表彰式」2022.10.3

市ボランティアサークル連絡協議会に2004年加盟し、2007年頃から副会長をつとめてきました。
加盟と同時にアコーディオングループ「ベローズフェロー」(じゃばら仲間)をたちあげ 活動してきました。
また、県ボランティア連絡協議会の理事をつとめています。

約20年、いろんなところで活動しました。最盛期は、年36回演奏していました。
2020年3月からは、コロナ禍でなかなか演奏する機会が少なくなり年に数回の活動にとどまりました。

この度、永年功労を労う表彰がありました。県社会福祉功労者表彰式に出席しました。

人生で一回しかない式典です。

いろんな事があっても乗り越える意志で仲間が協力してくれました。感謝したいと思います。


妙法ヶ岳【三峯神社奥宮】


妙法ヶ岳【三峯神社奥宮】1332m

秩父山系 三峰山(みつみねさん)とは、妙法ヶ岳、白岩山(1,921m)、雲取山(2,017m)の総称。秩父神社・宝登山神社とともに秩父三社の一社。拝殿の手前には珍しい三ツ鳥居がある。ちなみに三峰山(みうねやま)など全国にたくさんある。

三峯神社 主祭神:伊邪那岐(イザナキ)伊邪那美(イザナミ)

配祀神:造化三神 – 天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)、神産巣日神(かみむすひのかみ)の総称
天照大神 (あまてらすおおかみ)

社伝によれば、景行天皇(71-130頃)の時、日本武尊が東征中、碓氷峠に向かう途中、三峯山に登り伊弉諾尊・伊弉册尊の国造りを偲んで創建。奈良時代、文武天皇【683年〈天武天皇12年〉- 707年〈慶雲4年〉】の時、修験道の祖 役小角(おづぬ)【舒明天皇6年〈634年〉 – 大宝元年(701年)】が伊豆に流されながらも、三峯山で修行したと伝わる。淳和天皇【〈786年〈延暦5年〉- 840年〈承和7年〉】の時、弘法大師が社殿の脇に本堂を建て十一面観音の像を安置した。その後、武将 畠山重忠(1164-1205)が植えた御神木「重忠杉」は樹齢800年を数える。徳川家康が再建した拝殿には「葵の家紋」がある。

国道140号線【秩父街道】二ノ瀬ダム分岐は狭いトンネルがあり「片側通行」のため信号待ちがある。景色のよいところ。道幅が狭く迂回路もないため、一日詣の日など激しい渋滞で路線バスが遅延する影響が出ている。転回もできるところが少ない。通行には注意ください。駐車場は有料で500円。

ビジターセンターから登山道がスタート。鳥居は全部で4つあり、最初の3つ目までは山歩き。4つ目の鳥居を超えると、本格的な登山道。鎖場や鉄階段がある。最後に驚きの垂直に近い鎖場。岩場に足先で蹴って勢いをつけて鎖で登っていく。空気が清々しい。頂上からは、秩父山系の山、奥多摩系の山、雲取山も見える。狛犬でなく狼が祀られている。下りが恐い。最初の鎖場。足場がないので体を後ろ向きに反転し足先を一時的にクッションにしながら鎖を使って一気に下りる。

ビジターセンター 三峯神社奥宮 片道2.5㎞ 70分

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【境内】拝殿からは、珍しい「三つ鳥居」がある。これは、日本で最も古い大神神社 摂社の元伊勢「檜原神社」の御神座にあるので知っている人には驚く事なかれ。
くぐり方は、茅の輪くぐりに近い感じで、真ん中 左 右 そして真ん中を時計周りに横八の字に。
参道をゆくと三方に分かれる道があり、右は遥拝所、上は日本武尊像がある帰りの道、左は往きの参道で随身門がある。しばらく往くと、娚杉がある。
そして石段が。その脇に御神木が両側にある。石段を登りきると拝殿がある。距離があまりないため、参拝者が並ぶと登る手前で待機する事となる。
拝殿の右側には、祖霊社(それいしゃ)、国常立神社(くにとこたちじんじゃ)、日本武尊社(やまとたけるじんじゃ)、大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)、
伊勢神宮(いせじんぐう)の他、圧巻の二十の祠がある。

月讀神社(つきよみじんじゃ)
猿田彦神社(さるたひこじんじゃ)
塞神社(さいじんじゃ)
鎮火神社(ひふせじんじゃ)
厳島神社(いつくしまじんじゃ)
杵築神社(きづきじんじゃ)
琴平神社(ことひらじんじゃ)
屋船神社(やふねじんじゃ)
稲荷神社(いなりじんじゃ)
浅間神社(あさまじんじゃ)
菅原神社(すがわらじんじゃ)
諏訪神社(すわじんじゃ)
金鑽神社(かなさなじんじゃ)
安房神社(あわじんじゃ)
御井神社(みいじんじゃ)
祓戸神社(はらえどじんじゃ)
東照宮(とうしょうぐう)
春日神社(かすがじんじゃ)
八幡宮(はちまんぐう)
秩父神社(ちちぶじんじゃ)

 

妙法ヶ岳 三峯神社奥宮

 

=== 登拝の道===

ビジターセンター 駐車場の奥

登山届を出すところ

 


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ここからは境内


 


「鷲窟山観音院」弘法大師「爪彫の十万八千摩崖仏」秩父第三十一番札所


「鷲窟山(しゅうくつさん)観音院」弘法大師「爪彫の十万八千摩崖仏」秩父第三十一番札所【秩父三十四観音霊場】

秩父札所第三十一番「鷲窟山観音院」二百九十六の石段、落差60mの「聖浄の滝」、空海爪彫りの「十万八千摩崖仏」
秩父観音霊場札所三十番から徒歩で6時間、最も遠く険しいところ。標高700mにある。秩父札所三十四ヶ所観音霊場は文暦元年(1234)甲午三月十八日開創と伝えられ、室町時代後期には秩父札所が定着し、江戸時代には庶民の観音信仰巡礼の聖地として賑った。一番「四萬部寺」から三十四番「水潜寺」まで約100kmにわたる。西国三十三ヶ所、坂東三十三ヶ所とともに「日本百観音」と呼ばれている。

珍しい石の「仁王像」が入り口に。高さ4mと日本一を誇る。標高差50mを15分ほどかけて登る参道には句碑がところどころあり景色が変わっていく。登り切ったところに巨大な岩盤と滝と観音堂が眼前にあらわれる。約1700万年前、秩父盆地が陥没し海が入り始めた時代、海底に積もった砂礫。江戸時代には岩殿沢石として江戸にも運ばれていた。

創建と略歴 本尊「聖観世音像」は飛鳥時代から奈良時代にかけての高僧、行基【天智天皇7年(668年) – 天平21年(749年)】の作。しばらく衰退し、本尊が不明になっていた。平安時代末期から鎌倉時代初期の武将、畠山重忠(1164-1205)がこの地に狩りに来たとき、遠くの梢の鷲の巣に矢を射った。矢がはねかえったことを不思議に思い巣に近づくと巣の中から本尊の観音像があらわれた。重忠は奇縁から観音堂を建て祀った。現在の堂は昭和47年に再建されたもの。

十万八千摩崖仏 弘法大師が断崖に爪彫りで千体仏を彫ったとされる磨崖仏。体長18cm。風化により面が滑らかになっているが、千年以上経ったものだと感得する。

「聖浄の滝」落差60mの滝。古来、修験者が水垢離の行をし、篤い信仰を集めてきた。不動明王が祀られている。雨が少ない時は、量が少ないが、大雨の後は、流量が多く轟音となる。滝つぼがエメラルドグリーンで清い。

秩父第三十一番札所「鷲窟山(しゅうくつさん)観音院」【秩父三十四観音霊場】小鹿野町へは、秩父市街から西方へ15㎞。

埼玉県秩父郡(ちちぶぐん)小鹿野町(おがのまち)飯田観音(いいだかんのん)2211

 



「観法」法印即身仏墓 明治17年(1884年)86歳で往生。即身成仏を成した。ここにある石仏は、両神山との関連がある。














 


安倍晋三元首相の国葬 55年ぶり 2022.9.27


安倍晋三元首相の国葬が9月27日14時、東京・日本武道館で執り行われた。210を超える国と地域、国際機関の代表団を含め、政府発表によると国内外から4183人が参列。
首相経験者の国葬は戦後2例目で吉田茂元首相以来、55年ぶり。歴史的瞬間である。いろいろ言われているが「銃撃事件」により亡くなる事は許されない。

13:46  遺骨をのせた車 防衛省に入る
13:55 遺骨をのせた車 会場に到着 弔砲が19発
14:13 開式の辞
14:14  自衛隊の音楽隊による国歌の演奏。1分間の黙とう
14:18 亡き人への「アルバム」が上映
14:27 弔辞。岸田首相 他、前首相 菅秀偉による友人代表の言葉(14:48)。他・・・
15:03 天皇皇后陛下による拝礼
15:06 上皇ご夫妻による拝礼
皇族方の供花
15:16 参列者による献花
一般の献花は、10時から16時の予定だったが多くの要望から9時30分から18時まで行われた。

葬儀は18時頃に終了。そのあと岸田首相が弔問を受けた。

一般献花について 九段坂公園が会場。案内が九段下駅の出口付近に掲示されていた。九段下にある北の丸公園付近は厳戒態勢がしかれた。駅は出口1が閉鎖され半蔵門から大廻りして九段下にはいる迂回ルートで訪問者が列をつくった。献花会場は2ヶ所にわかれていた。一般献花は10時~16時だが、行列は2時間以上待ちから4時間待ちとなった。警察の警備車両の間から会場が見え、カメラで撮影している人や手を合わせている人がいた。白黒の服や献花を持っている人は、年代関係なくまた男女も特に割合に隔たりがあるようには思えない。20代の女性や70代の夫婦、40代の男性など影響を受けた人が多くいるのは紛れもない事実。献花者は2万3千人。

また、時代に相応しい提案で「デジタル献花」の募集があり、25万人もの献花が添えられている。

菅義偉前首相の言葉
山縣有朋が伊藤博文を偲び詠んだ
「かたりあひて尽くしし人は先立ちぬ今より後の世をいかにせむ」

伊藤博文(1841年10月16日~1909年10月26日)は、69歳で暗殺された。その時の事を思う日本の歴史である。

 

 

 


「村屋坐彌富都比賣神社」(むらやにますみふつひめ)大神神社別宮


「村屋坐彌富都比賣神社」(むらやにますみふつひめ)大神神社別宮

主祭神 三穂津姫命(ミホツヒメ)( 弥富都比売神)を祀る。大物主命(オオモノヌシ)も祀る。本殿は二柱ある。三穂津姫命は大国主命の后神、大物主と大国主は同神とされている。大物主命は大神神社の祭神であるから大神神社と一緒にお詣りすると御利益がさらに増すといわれる。摂社「久須々美神社」【別名 恵比須神社】祭神は事代主神(コトシロヌシノカミ)、天之久之比神(アメノクシヒノカミ)。そういえば、出雲の美保神社との関連が。三穂津姫命が祭神で、事代主神(えびす様)が祀られているから。

大神神社の創建は有史以前とされ(古事記、日本書紀に登場する日本最古の神社) 大物主神(おおものぬしのかみ)が出雲の大国主神(おおくにぬしのかみ)の前に現れ、国造りを成就させる為に「吾をば倭の青垣、東の山の上にいつきまつれ」と三輪山に祀られることを望んだ。

摂社 服部神社(はっとりじんじゃ)祭神 天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)、天之御鉾命(アメノヒボコ)
服部神社といえば豊中の服部天満宮があるが、たしか山代温泉にもあり和傘がきれいだった。この村屋坐彌富都比賣神社に和傘がある。天之御中主神は、平安時代以降の「妙見宮」や幕末頃の「水天宮」信仰と結びついて今に至るが、古代より祀られている神社は極めて少ない。秩父神社で鎌倉時代、四柱神社は明治時代で、大神神社別宮に祀られている事は、驚嘆に値する。

天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)は、古事記「日本神話」の天地開闢で最初に登場し、何も語らず姿をお隠しになったとされる。性別のない神。そのため宇宙想像の神、無為の神、究極の神とされている。聖書では、神は全知全能であり、宇宙を創ったとされているが、日本神話では、混沌としている宇宙があり、清浄なものは天に昇り、重く濁ったものは大地となった。そこに天之御中主神が出てきたという。その後、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)神産巣日神(かみむすひのかみ)があらわれた(造化三神)。

続いて、宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)天之常立神(あめのとこたちのかみ)があらわれた。
次に、国之常立神(くにのとこたちのかみ)豊雲野神(とよくもののかみ)があらわれた。ここまでの神は、性別がない「神代七代」

その後、五組十柱の神があらわれる。

宇比地邇神(うひぢにのかみ) 須比智邇神(すひぢにのかみ)
角杙神(つのぐひのかみ) 活杙神(いくぐひのかみ)
意富斗能地神(おほとのじのかみ) 大斗乃弁神(おほとのべのかみ)
於母陀流神(おもだるのかみ) 阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)
伊邪那岐神(いざなぎのかみ) 伊邪那美神(いざなみのかみ)があらわれた。

イザナキ イザナミの神が天の神々と相談して日本の国をつくった。その後「カグツチ」を生んだ時、火傷をしてイザナミが亡くなった。イザナキがひどく哀しみ怒り、十束の剣でカグツチを殺してしまう。愛しいイザナミを探しに「黄泉の国」に入った。イザナキはイザナミとの約束を守れなかった。イザナミが怒り狂い黄泉醜女(ヨモツシコメ)を従え追撃するがイザナキは逃げ切り、黄泉の国との間に大岩をたてた。イザナミが「あなたの国の人を1000人殺しましょう」と言うと、イザナキが「では1500人産もうではないか。」と言い、二人は絶縁した。イザナキがこの行いに禊を行った時、月読命(ツキヨミ)天照大御神(アマテラスオオミカミ)須佐之男命(スサノオ)が生まれた。三貴神と呼ぶ。天照大御神の第五世代、神日本磐余彦 (かむやまといわれひこ) が生まれる。後の神武天皇で、彦波瀲武鸕鶿草葺不合命(ひこなぎさたけうがやふきあえず の みこと)と玉依姫(たまよりびめ)が親で第四子であった。兄弟に、彦五瀬命、稲飯命、三毛入野命がいる。

二柱を祀る。

「中秋の名月」


「リラ・クラシック」2022.9.17(土)7:00 ヴィヴァルディ vol.103


2022/9/17(土)7:00「リラ・クラシック」は、クラシック音楽でリラックスする60分。第3週・第5週 パーソナリティ マコルネがお届けします。
【ネットラジオの視聴方法がPC スマートフォン タブレット共通に】

【曲予定】ヴィヴァルディ リコーダーソナタ「忠実な羊飼い」 協奏曲集「四季」より「秋」 2台のヴァイオリンのための協奏曲イ短調「調和の霊感」

【コラム】ヴィヴァルディ 1678年3月4日 – 1741年7月28日 バロック時代 バッハやヘンデルと同じ時代に活躍したイタリアの作曲家。

 


2022年「山紅葉」


2022年「山紅葉」

9月に入り、台風11号が襲来。本州は、台風の周囲を廻る南からの風で猛暑がやまない。九州をはじめ、台風の通過に注意が必要です。
期待しているのは「台風の通過後の海水のかきまわしによる日本海からの冷気の北風か、シベリアや中国大陸から寒気を引き込む低気圧」による涼しさ。
昨年は10月初旬に寒くなった。果たして今年はどうだろうか。

北海道東部では最低気温が5℃の日があったという。もうすぐ、本州にも涼しい空気が入る。
私が楽しみにしている「山紅葉」今年は遅めだと思うが、9月20日過ぎになると、徐々に高山から紅葉がはじまるだろう。

ほぼ2年に一度のペースでローテーションしながら同じところを時期を変えて歩き、違う拠点に移している。
もちろん、気に入ったところはいつでも行けるような気がしているから。しかし、新しいところは行きたい時にいけるようにしたい。昨年は、苗場山、白馬大池、白馬丸山(唐松岳途中)浅間山(前掛山)など片道3時間30分以上かける山をいくつか登った。

今年は藤原岳、伊吹山、大峰山、御嶽山で日帰りだった。もっと先にあるもの。1泊2日でのぞんだ富士山。一日目 5時間45分 標高差 1150m 二日目 7時間(下山 4時間30分)距離15.1㎞+2.5㎞=17.6㎞ 最後は膝の裏側が少し痛かったので、これより少なめであれば問題はないはず。行きたいところは、1泊2日に相当するレベルになりつつある。
日帰りなら、片道4時間で往復7時間ほどの工程を選べれば可能だ。例えば、南八ヶ岳の硫黄岳など。そして、紅葉植物が多く分布するところが望ましい。

まずは、3000m級の山々だが、紅葉そのものは山頂部では起きない。2800mを超えると岩稜帯で植物がわずかしか生えない。森林限界の2100mで低木の赤いナナカマド、ダケカンバなどが植生するかどうか。上高地の紅葉は岳沢(2100m)の「前穂高」手前のカモシカの立場(2450m)、岳沢パノラマ(2600m)などの紅葉がきれいだ。
もちろん「涸沢」「横尾」という王道がある。9月下旬から10月中旬まで宿泊がいっぱいで「涸沢」は土日だとテント泊が1000張で足の踏み場もないらしい。よくこんなところに集まったといった感じ。同じ時期「志賀高原」などの上信越の紅葉が始まる。1600m~2000m前後だが、高い樹木がある事で、黄色い紅葉が映える。

白馬を極めたいとか、涸沢をせめていくとか、八ヶ岳や槍は? 目標はある。今まで日帰りだったが、せいぜい赤岳の登頂なら体力があれば日帰り可能かな。
山小屋に泊まり体力を温存しながら長距離を歩くレベルになったと思う。少なくとも一日10㎞なら問題ないレベルに達してきたかな。
例えば、涸沢の場合、一日6時間歩いて標高差700m登ってこそ行ける場所で、そこから先「ザイテングラート」までは行けると思っている。先は奥穂高。北穂高 西穂高 前穂高 奥穂高 の4つのうち前穂と奥穂は比較的難易度が低い。岳沢からの短距離で高度を稼ぐ前穂高へはとにかく脚力、体力温存のための工夫。奥穂高は浮石に気を付ける。奥穂の前衛「ジャンダルム Gendarme」から西穂や北穂「大キレット Killet」「北鎌尾根」は、次元が全く違う話。

槍ヶ岳の場合は、上高地から横尾を通り槍沢に入るまでやはり6時間。二日目も4時間後の登頂なので疲れがあるとしんどい。できれば、山頂近くの山荘に泊まった方がよい。結果
三泊四日の工程がスムーズだろう。登りの滑りや下りの転落など浮石に気を付けないと。破線ルートなんて次元の違う話。ヘルメット装着すればとの事だが、左右の頭部や頸部は保護できない事を知っておくべき。

登山届にある登山計画は何のためにあるのか。思い付きで書くのではなく、そこに情報をリンクさせて確認する事。登山道の整備具合。里山の道迷い情報。
エスケイプルートの有無。ピストンと縦走の違い。岩稜帯の注意。渡渉場所で増水時の対応など。携帯品の準備を怠らないように。楽しい山行を。

木曽駒ヶ岳 9月 標高2600mから短時間で乗越までたどりつける。

岳沢の紅葉 ある人に聞くと涸沢でなくて、ここがきれいなんじゃないかな。

上高地 明神 穂高の峰々がよくみえる。10月下旬頃には初雪が降るかも。カラマツの落葉が素晴らしい。