Author: nishikunn

☆PCPAL代表取締役 日本アコーディオン協会理事 FMはしもとパーソナリティー  ピアノテクニシャン  なにわシャンソンコンクール審査員 市ボランティアサークル連絡協議会副会長 TOPページへnishikunnのページ

2017.12.14(木)13:00「おきがるタイム」ゲスト「オーケストラ千里山」vol.113


12/14(木)13:00~ マコルネのおきがるタイム シャンソン・タンゴ・昭和歌謡
ゲスト オーケストラ千里山

本日、来局され収録完了しました。オーケストラ千里山の上田さん(元代表)兵藤さん(HP担当)をゲストコーナーにお迎えしお話をうかがいました。オーケストラ千里山は大阪を拠点に創設20周年を迎え団員80名ほどで精力的な活動を続けられています。HP:https://orch-senriyama.net/
FBページ:https://www.facebook.com/senriyama1997/

12月14日(木)13:00~15:00 の14時からの「ゲストコーナー」でご紹介。ネットラジオ(PCで視聴いただけます)http://csra.fm/asx/hasimoto.asx

6月11日(日)ザ・シンフォニーホール マーラー作曲「復活」指揮 井村 誠貴 ソプラノ 阪口淑子 アルト 福原寿美枝 管弦楽 オーケストラ千里山 合唱 オーケストラ千里山特別合唱団 合唱団に所属し あのザ・シンフォニーホールの天国的な感動に一入、癒されました・・・
秘話に注目。そして、ゲストコーナーの最後にはプレゼントが提供されます。ぜひお聴きください。

オーケストラ千里山 第26回演奏会 2018年2月12日(月・祝)13:30開場 14:00 開演
会場:豊中市立文化芸術センター大ホール チラシアップしました。
リスナーの中から抽選で 5組10名様 ご招待させていただきます。
詳しくは 番組告知のページをご覧ください。(12月12日頃投稿)

今、思い出しても体が震える。ザ・シンフォニーホールは 日本初のクラシック音楽専用コンサートホール サントリーホールよりも古い。カラヤンがアドバイスし 設営された。クラシック音楽を最高の生演奏で聴くことができるようになった。マーラーの交響曲第2番「復活」は80分ほどの大曲。ベートーヴェンの第九に比肩する、それ以上と評される。管弦楽と大合唱のスペクタル。「キリストの復活」というテクストで 精神的、音楽的にも最高峰にあたる演出がマーラーによって構想され実現した。

オーケストラ千里山 118名
指揮 井村誠貴 ソプラノ 坂口淑子 アルト 福原寿美枝 オルガン 岩佐智子
合唱団112名 マエストロはエネルギッシュでダイナミック 祈るような指揮で感動を与えた。
合唱団に所属した私としては、最初から最後まで 気の緩む事のない緊張感を持った。全精力を集中しなければできない曲だったが、地獄的な響きにおののき 天国的な響きに感嘆しました。


2017.11.23(木)13:00 おきがるタイムvol.112


ティーブレイク@マコルネのおきがるたいむ(第2・第4木曜13時~15時)シャンソン タンゴ 昭和歌謡(J-POP)音楽とトークをお届けする2時間。パーソナリティ マコルネ ネットラジオ(pc)http://816.fm/816hp.asx スマホアプリ TuneIn Radio 設定http://816.fm/?page_id=71

【曲予定】めぐりあい 愛しかないとき 枯葉 カフェ1930 霧子のタンゴ チャルダッシュ ソルベーグの歌 埴生の宿 故郷を離るる歌 学生時代  夜明けの歌 あの素晴らしい愛をもう一度

【コラム】中旬ですが 介護予防講師で講演会をしました。サロンは 70歳代の方が中心にボランティアで持ち回り 月に一度 開催されています。18名の参加者は 懐かしい歌をうたい元気になってくれました。


日本最古「飛鳥大仏」1400年の礎


飛鳥寺 国内最古の仏像「飛鳥大仏」と聖徳太子立像

飛鳥時代(592-710)のはじまり。厳密には(593-694)(694-710 藤原京 日本ではじめての本格的な条坊制をしいた都城)と分けることができる。

推古元年(592)造営開始され 推古4年(596)完成する。本尊(釈迦如来座像)は、国内最古の仏像とされる。国宝でなく重要文化財であるが、火災により一部失われ修復された。頭部と右手指の一部が創建当時のままである。推古17年(609)に鞍作鳥(止利仏師)によってつくられ高さは3mの大仏。2008年は「大仏開眼1400年」の年であった。大仏とは、よく知られているのが東大寺の大仏(毘盧遮那仏)(745-752完成)だが 100年以上前に建造されていたのである。本堂は火災に遭い、江戸時代に再建されたもの。

配置は 飛鳥大仏(釈迦如来座像)右手に 阿弥陀如来座像 左手に 聖徳太子立像 壮観である。聖徳太子は お札で見るイメージだったが 聖徳太子の若き姿をしのぶ事ができた。それは 賢者そのものの出で立ちであった。右の壁には 胎蔵界曼荼羅図がある。

飛鳥大仏のお顔は 見る角度により変わる。間近で見られるのだ。人間に近い親しみを覚える。
国の表記が「倭」から「日本」に変わる時代である。かけがえのない美術。それを目の当たりにして 何も感じずにはいられない。東大寺とて 222代の別当がいるのである。お水とりは 752年以来 1260年続いている。引き継がれなければそこで衰退する。まさに奇蹟である。悠久の歴史を見るとき、心を鎮めてくれる事に感謝。

他に 大黒天 勢至菩薩 不動明王なども鎮座している。また 発掘された古墳が多く存在する。

飛鳥寺の西門からのみちが長閑でよく まほろばの道である・・・

本堂拝観は 拝観料を納めて中に入る。入ってまず 右手の壁に 胎蔵界曼荼羅図がある。配置は 中央に 釈迦如来座像 右手に 阿弥陀如来像 左手に 聖徳太子像

昔から変わらないであろう。飛鳥のみち 飛鳥寺の西門にて


ショパン/夜想曲(ノクターン)第20番嬰ハ短調【遺作】


ショパン/夜想曲第20番嬰ハ短調(遺作)Lento con gran espressione 「夜想曲風のレント」という。

この曲と出逢い 事あるごとに弾いてきた。

ピアニスト 中村紘子さんが云う。「ショパンといえども 青春は一度しかないわ。20歳頃の心のたけをうたったこの曲には 瑞々しいものが滔々と流れている。」
純粋で しかし 寂しさもある。

20歳のショパン。ピアノ協奏曲第2番ヘ短調(最初の大作)を作曲するかたわら この曲を姉のルドヴィカに渡す。
「ピアノ協奏曲は ファンタジーでノクターンのようにも響くので、この曲を弾くといいよ。」
ピアノ協奏曲第1番を作曲し、告別演奏会は実施された。その後、
ウィーンを経てフランスにわたるが、ポーランドに二度と帰る事はなかった。

ショパンは「遺作」を死後破棄してほしいと希望したが 弟子のフォンタナが発表した。
その意味は大きい。なぜなら 作品66から74まで その他の遺作。
幻想即興曲やマズルカ ワルツ ポロネーズ そして この曲は
今日、最も親しまれている曲のひとつだから。

旋律は 息が長いので レガートを心掛け 優しく。

中間部は カラーが変わる。民謡的なリズムを意識する。後半は、調性も微妙に変化し 拍子も変わる 3拍子系になってからはマズルカ風に(2拍子目にアクセントがある)
そして ここでは morendo  「息絶えて」とある。ほとんど使われていない記号 そして ppp 最弱音の指定。

月光の中に涙のしずくがはたと落ち それが響きとなりひろがっていく様だと思う。

「それだけでいい。」

そして 静かにはじめられる Gシャープの弱起の音 静寂の中 はじめられるが 急に強められ 最高音まで駆け上がっている。声楽的。そして 元にかえってくる。
スケールのパッセージが4回あらわれる。ここが ショパンでないと書けない音楽。

そしてコーダ 左手が保持音で響かせ 最後は長調になり 右手は高音へ 左手は低音へ 対照的に広がる響き。

よく聴くこと、これに尽きる。まず「聴く」事からはじめなければならない。

思えば、1997年 ポーランド滞在の折、ワルシャワ ショパン協会 オストログスキ宮殿での ミニコンサートに
1曲演奏するのは この曲を選んだ。ショパンに思いをはせる。


浮見堂と第69回「正倉院展」


浮見堂 と「正倉院」展

第69回「正倉院」に行ってきました。この日は、オータムレイト(18時30分から)美術館は ふだん午後5時には閉館しますが オータムレイトを設定しているので遅くからでも 鑑賞ができるのはありがたい。しかも期間限定の「正倉院」だからすごい人だかり。

奈良公園は久し振りなので 日暮れ前に「浮見堂」へ行ってきました。少し冷えてきました。10月とはうってかわり 11月に入ると冬に近づいているとさえ感じます。

正倉院に展示されてあった 「螺鈿」の琵琶に惹かれた。同時に 法隆寺獅子狩文様にも興味をひき 私ところでは硝子の重箱を家宝にしている。そういえば文様には、懐石の板もありました。ガラスでできている事と 漆塗りであることで重厚なつくりである。

奈良国立博は 奈良公園の中にあり 木々の中に 溶け込んでいます。


ショパン/夜想曲(ノクターン)第13番ハ短調作品48-1 ドラマティーク


ショパン/夜想曲(ノクターン)第13番ハ短調作品48-1 ドラマティーク

ショパンの作品は 前奏曲 マズルカ ワルツ などのどれをとっても起承転結があり
ドラマがある。決然たるバスの音が確実に 旋律を支えているのだ。

ショパンの作風が変わる時 それは ソナタ2番作品35を発表だが、前奏曲作品28あたりかな。もちろん マズルカなども。
夜想曲は、「憧れ」の情緒や 夜でも煮えたぎる情熱を見ることができる。
が、この曲は規模が大きく叙情的。

この頃は ジョルジュサンドとは 縁が遠くなっているのだろう。原因はいろいろあるが、サンドの息子と相性が良くなく ショパンはどうしてよいかわからなかった。
次の作品49「幻想曲」では サンドとの出会いと別れ を描いているようだ。

Doppio movimento は ソナタ2番「葬送行進曲付き」の冒頭でも使われている。暗い情熱のなかに ショパンの焔がたっている。重音の連打は 時には雨の降るようにしとしく 時には嵐の如く叩きつけるように 音は同じなのだが 表情が違うことに注目。左手のバス 右手の和音に メロディーがかき消されないようにバランスを保って。

声楽的な用語がつかわれている。mezza voce (声を半分におとして)

映画「ショパン」で 喀血し病床にあったシーンにこの音楽が。姉がかけつけ祈りをささげる。

中間部 ハ長調の緩やかなアルペジオ 内には情熱を秘めている。月あかり


異例のオクターブづくめ 輝く音色だが 激しさをのぞかせる。最後の小節は、音だけでない 感情が変化していて表現が難しい。

短調の Doppio movimento せきこんで ノンレガートに近いスタッカートだと思う。上の声部は息が長いフレーズ。


内声の和音は 旋律を邪魔しないこと。左手は六度の拡張がある。前奏曲第2番を参考に。
重音は 同じ長さだが その時々により 表現がさまざまに変化している。

フォルテッシモ 2小節目でクライマックスを築くが・・・その後、
このような終わり、ショパンの崇高な意図が読み取れるだろうか。
秋の枯葉が落ちて・・・音がなくなってしまう。ただ、「響き」だけがそこにのこっていた・・・
私的には morendo の標記(息が小さくなるように)のようにも感じられる。

これは ドラクロワが描いた。後に この絵は分割され ショパンの自画像のイメージとなった。


名勝 依水園 


名勝 依水園 江戸時代前期の庭園と明治時代の庭園を模したつくり 代表する庭園建築のひとつ。

前園は 茶室「三秀」がメインとなる。後園は、寧楽の都(ならのみやこ)をモチーフに。絶妙な空間設計は 見る者を感動させる。借景というと、横浜の三渓園もあるが、ここも立派に整えられている。ちなみに 寧楽美術館(ねいらくびじゅつかん)が隣接する。


天竜峡 紅葉


天竜峡(標高382m)ライン下り。天竜川は、長野県諏訪湖を源流に太平洋へ流れ注ぐ一級河川。全長213kmあまり。伊那・飯田・愛知県の一部・浜松市・磐田へ。天竜川というと、新幹線の車窓からみえる天竜橋と富士山が印象的。

天竜峡は 川幅が狭く入りくんでいるために 奇岩など景勝に富むところ。日本は四季折々の景色が万とある。夏は 冷涼な気候で避暑ができ 秋は紅葉が楽しめる。

姑射橋(こやきょう)から 散策コースが整備されている。龍角峯(りゅうかくほう)をのぞむ

 

つつじ橋 全長80m 防護ネットは2011年ごろに設置された。吊橋 弾力に富む。雨の後は 滑るので気をつけて。

姑射橋(こやきょう)から

エメラルドグリーンの色 ライン下り 3社が運営している。2011年に転覆事故が起き、以来 救命胴衣を着けるようになった。もちろん 安全管理には気をつけている。

下りは船着き場へ。そして 電車またはバスで上ってくる。電車は 3駅分。天竜駅へ戻った。

天竜峡公園には 地元 代田銀太郎が作詞した「モンテンルパの夜は更けて」の歌碑がある。
日本とフィリピンとの友好の徴である。


大念仏「狂言」 これが「日本」


登録無形民俗文化財「狂言」 百年以上の歴史をもつ

鎌倉時代の円覚上人が 念仏の妙理と勧善懲悪 因果応報の道理を説くために
はじめた。セリフが全くなく 仕草だけで演じられるのが特徴。

この歴史を引き継ぐのが「神泉苑狂言」30ほどの演目があり、宗教もの 世話物 太刀ものなどに分類される。仮面をつけ 鰐口(金鼓)太鼓 笛の囃子に合わせ演じられる。

歌舞伎とは 全くもって違う 古典伝統芸能のひとつ「狂言」

仮面・衣装は明確ないでたち。音楽はシンプルだが、その「金鼓」の強弱や高低ある笛の音色がひきたてている。「金鼓」の音は、最初かなり気になったが慣れてきた。「音楽」がなければ、面白くない。足の踏込の音が大きいのに驚いた。

セリフは一切ない(パントマイム)とどこが違うのだろうか。古代ヨーロッパでも無言劇が存在する。演技はダイナミック 、舞台から飛び降りるシーンがあった。ちゃんばらのシーンがあるが、限りある舞台を有効につかい大きくみせる。セリフがなくてもわかるのだ。演技がクライマックスを迎えると外から掛け声が出て、それも心地よい。時には、観客から歓声が上がる時がある。

「間」「無常」が日本文化といわれる。されど「日本」

「間をもって 間を制する文化」を じんわりと感じる。伝統芸能は大切にしなくては。


十三夜 


十三夜(11月1日) 十五夜と対である 古来から日本にある 観月の風習。十五夜(10月4日)のみは 片見月とよばれ 縁起がかつがれた。晴天率が高くなること 夜がながくなることから 収穫されたものを供え 酒をくみ 愛でる。

台風一過で 木枯らしが吹き 紅葉がすすんだ 11月1日 今宵が十三夜。夕方は、陽の光が柔らかで 落日する。月がみえた。

黄昏をみると その西方浄土は まだ行ったことのない世界。あの人は 元気でいるのだろうか。今度 いつ 会えるのだろうか。

夜 月がみえるのは 結構なこと。自らが影になって 輝くのを支えてあげる。それが「月」。日だけでは 休まることを知らない。月 夜があることで 私たちは 体と心をやすめる場所があること。光をたたえる。影があるから 光は 映える。影が深いから 光はひきたつ。

月と太陽は陰と陽の象徴であり、月は「お陰さま」の心に通じる。収穫物は生きる糧、支えに対し、月見をし感謝をする・・・