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「マタイ受難曲」BWV244「われらは涙してひざまずき」


「マタイ受難曲」BWV244  最終曲 第68曲「われらは涙してひざまずき」

新約聖書「マタイによる福音書」の26、27章のキリストの受難を題材にした受難曲。新約聖書のマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4つの福音書に基づくイエス・キリストの受難を描いた。受難曲はキリスト教の聖週間における典礼と密接に結びつき、中世以来の長い伝統があり、17世紀~18世紀には、ルター派圏内で合唱や管弦楽を伴うオラトリオ受難曲が作曲された。

ミサ曲などは、宗教の儀式で奏される 典礼文などに則り厳正な音楽としては限定的であり 音楽の普及のためには 門戸をひらき プロテスタントに道が開かれた。典礼文の一部を採用したり、ドイツ語や英語などの宗教曲もでてきて、あるいは聖書からのテクストも さまざまな場面を採用していった。

ルターの宗教改革がおこなわれたのは、今から400年前。それまでは、カトリックが厳正で 守れないものは刑を免れなかった。たとえば、コペルニクスの地動説については、ルターは厳しく非難した。コペルニクスは正式に70歳の晩年に主張し、その後没した。後にガリレオが 発明された「望遠鏡」で惑星を観測し発見する。地動説を主張したが、宗教裁判にかけられ 終身刑となった。カトリックにおける破門が宣告、すべての役職を剥奪され、『天文対話』の禁書目録入りとなり、地動説放棄を命じられる。1633年、有罪とされ、フィレンツェ郊外に幽閉された。それでも ガリレオは、研究をやめず 望遠鏡をみつづけた。1638年に『新科学対話』を、プロテスタント国オランダのライデンで発刊する。1642年、ガリレイは幽閉先で78年で亡くなった。身分回復は得られず、家族の墓地に葬られず、墓碑もない状態が続く。ローマ教皇ヨハネス=パウルス2世(位1920-2005)は 裁判の誤りを認め(1983)ガリレイの有罪判決を撤回した。2回目の裁判から359年ぶりの1992年に、ガリレイは破門を解かれたのである。

聖書という絶対的なテクストを守り伝える。この曲は「人生のテーマ」それ以上の価値を持つ。
現代版「十字架へのわが愛」はこの曲、X JAPAN の「CRUCIFY MY LOVE」を思い出す。人間という悪魔が引き裂く現実。人間は 嫉妬深い存在で 他人を欺き 地獄に突き落とす 愚かな存在。
その罪を清浄することが 生きていくための最低条件。人は十字架を背負って生きている・・・



大バッハ(1685~1750)はルターの宗教改革と密接に関連していた。ドイツ語のカンタータ300曲に及ぶ。また、カンタータなど管弦楽の曲をオルガン用に転用し、「オルガン小曲集」など親しみやすいものにしている。頂点にたつ作品が 受難曲 バッハは 4つの受難曲を作曲している。マタイ ヨハネ ルカ マルコである。バッハの死後、長く忘れられていたが、1829年3月21日、フェリックス・メンデルスゾーンによって歴史的な復活上演がなされ、バッハの再評価につながった。

第1曲から 第68曲まで 第Ⅰ部(第1~35曲)と第Ⅱ部(第36~78曲)約3時間を要する 壮大なパッション。抜粋ではあるが 私が思うところを書いてみたい。


Thomas Quasthoff トーマス・クヴァストホフ 障害を乗り越えてキャリアを積み重ね 歌手として活躍をする。また、指揮でも高い評価を得ている。HP

第1曲 「来たれ娘たちよ、ともに嘆け。」 Kommt, ihr Töchter, helft mir klagen
壮大な ホ短調のバスから開始される。管弦楽の響き 合唱の叫びにもとれる声、
ただごとならぬ 予感で 終わりをも期待させる。

Kommt, ihr Töchter, helft mir klagen, 来たれ娘たちよ、ともに嘆け。
sehet-Wen?-den Bräutigam, 見よ-誰を?-花婿を、
seht ihn-Wie?-als wie ein Lamm! 彼を見よ-どのような?-子羊のような!
Sehet,-Was?-seht die Geduld, 見よ-何を?-彼の忍耐を、
seht-Wohin?-auf unsre Schuld; 見よ-どこを?-私たちの罪を
sehet ihn aus Lieb und Huld 愛と慈しみゆえにみずから
Holz zum Kreuze selber tragen! 木の十字架を背負われるあのお姿を見よ!

Choral ‐ Soprano in ripieno コラール
O Lamm Gottes, uaschuldig おお、罪なき神の子羊よ
am Stamm des Kreuzes geschlachtet, 犠牲として、十字架に架けられた御方よ、
allzeit erfunden geduldig, たとえ侮辱されようとも、
wiewohl du warest verachtet. いつでも耐え忍ばれた。
All Sünd hast du getragen, すぺての罪をあなたはお負いになった。
sonst müßten wir verzagen. さもなければ私たちの望みは絶えていただろう。
Erbarm dich unser, o Jesu! 私たちを憐れんでください、おおイエスよ!


第21曲 受難のコラール 「私を知って下さい、私の守り手よ」 Erkenne mich, mein Huter,
合唱隊は、この曲が何度となく出てくるが その場面毎に 忠実に再現することだ。

Erkenne mich, mein Hüter, 私を認めてください、私の守り手よ。
mein Hirte,nimm mich an! 私の羊飼いよ、私を受け入れてください!
Von dir,Quell aller Güter, すべての宝の泉であるあなたから
ist mir viel Guts getan. 私のために多くのよいことが行われました。
Dein Mund hat mich gelabet あなたの口はミルクと甘い食べ物で
mit Milch und süßer Kost, 私を元気づけてくださいました。
dein Geist hat mich begabet あなたの聖霊は多くの天国の喜びを
mit mancher Himmelslust. もたらしてくださいました。


第47曲 アリア 「憐れみたまえ,わが神よ」Erbarme dich, mein Gott,
深い悲しみが表現されている。美しいソロ・ヴァイオリンと哀しみのアルトの歌声。

キリストが逮捕された後、ペテロは大祭司の家の庭に連れてこられた。人々は彼を見て「お前もあの男の弟子の一人ではないのか」と言うと、ペテロは打ち消して「違う」と言う。大祭司の僕の一人で、ペテロに耳を切り落とされた人マルコの身内の者(下女)が言う。「園であの男と一緒にいるのを、私に見られたではないか。」ペテロは再び否定する。三度打ち消すとすぐ鶏が鳴く。ペテロはキリストの予言を思い出し、それを自分が強く否定した事も思い出し、後悔して泣き崩れた。

Erbarme dich, mein Gott, 憐れんでください、私の神よ!
un meiner Zähren willen ! 私の涙ゆえに、
Schaue hier. 私をご覧ください。
Herz und Auge weint vor dir bitterlich. 心も目もあなたの御前に激しく泣いています。


第58曲 アリア「愛ゆえに 我が救い主は死に給う」Aus Liebe will mein Heiland sterben

キリストが捕らえられ、広場に引き出されたとき、ローマ帝国の属州総督ピラトが、「このものは、どんな罪を犯したのというのか?」との問いかけに、一女性が「どんな罪もなく、ただ、私たちのために死ぬのです」と気高く答えるアリア。

Aus Liebe will mein Heiland sterben. 愛ゆえに私の救い主は死のうとしておられます。
von einer Sünde weiß er nichts. 罪ひとつ知らない御方なのに。
daß das ewige Verderben 永遠の破滅と
und die Strafe des Gerichts 裁きの刑罰が
nicht auf meiner Seele bliebe. 私の魂に覆いかぶさらないように、と。


第68曲 終曲 合唱 「われら涙流してひざまずき」

Wir setzen uns mit Tränen nieder われらは涙してひざまつき
und rufen dir im Grabe zu, そして、墓の中のあなたに呼びかけます。
Ruhe sanfte, sanfte ruh! 安らかにお休みください、やすらかに。
Ruht, ihr ausgesognen Glieder! お休みください、疲れ果てた御体よ!
Ruhe sanfte, ruhet wohl! 安らかにお休みください、やすらかに。
Euer Grab und Leichenstein あなたの墓と墓石は、
soll dem ängstlichen Gewissen 悩める良心にとっては
ein bequemes Ruhekissen ここちよい憩いの枕、
und der Seelen Ruhstatt sein. 魂の憩いの場となるべきもの。
Höchst vergnügt schlimmern da die Augen ein. こよなく満ち足りて、その眼は眠りにつくでしょう。


私は、クリスチャンではないが、この曲を聴いた後は、拍手は一切しない。なぜなら、キリストが十字架に磔にされ 受難したことを重く受け止めるべきであるから。

感謝すること・・・

キリスト教的には、私たちは、罪深き存在で 完璧ではない。良心を裏切り 嫉妬し 嘘をつき 他人を地獄につきおとす。欲望を捨てきれない限り、人間は神に仕える事のみ生きるずべである。
神様には その罪を打ち明け懺悔し 清浄につとめなければならない。そして 聖書をテクストとし これを実践することが 生活である。

仏教的には、人間には煩悩がある。自らが 悟りをひらき 自分の生き方について 慈悲をもち、人には 仏の心で接すること。また、己を律することが求められ そのためには真言をとなえ行を実践する。仏の道を達観するには 経典を勉めるために 出家し僧侶となり実践する生活を送る。
「帰依仏 帰依法 帰依僧」





樅の木とオルガン


樅の木とオルガン

モミの木というと クリスマスを思い起こす。また 谷山浩子の「もみの木」の歌にあるように 大自然の力を思う。ラテン語 ABIES 葉を落とさない樹で 脂は薬に利用され 生命力の強い木である。冬には モミの木片を暖炉にくべ、温かく過ごす事ができる。

日本は国土の68.2%を森林が占める山林国で フィンランドに次 世界第2位で 3位はスウェーデンである。自給率は30%で 近年上昇している。植樹も積極的に行っているが すぐに効果が出てこない。何しろ 20年~60年という歳月がかかるのだから。60年というのは ひとえに3代を指す。桜の木なども 20年が一人前になる節目をいう。「遷宮」も20年に一度である。

木材といえば 法隆寺 正倉院である。例えば 法隆寺の心柱は 2000年以上の 一番古い木を取り寄せた。古ければ古いほど 経時変化が少なく安定している。赤い部分は腐りにくく白い部分は不安定である。神宮(伊勢)も木をとっている。遷宮の際に伐採される300年経つ木曽のヒノキは10,000本。昔から木曽では むやみに伐採したりすると「蛇抜け」がおこり、大蛇が土砂災害を起こすといわれている。「白い雨」が降ると、土砂崩れが起きる・・・

オルガンについて ルーツは紀元前の「笙」にはじまる。西洋では最古は1400年代から。バロック時代からは オルガン作品が作曲され、19世紀には「オルガン交響曲」が作曲されたりし、現在も主役として使われている。ひとすじに「オルガン」というが種類がある。パイプオルガンとリードオルガンは 似ているようで全く違う。アタックから減衰まで音量が一定なのがパイプオルガン。一方、エアの送り具合によってビブラートなどニュアンスがつけられるのがリードオルガンで アコーディオンに近い。アコーディオンやバンドネオンは、蛇腹で空気を送り音のたちあげから減衰までコントロールできる「心を震わせる楽器」である。私は、断定的な音色を発声できるパイプオルガンも素敵だと思う。

日本で戦後初 国産のオルガン製作家 辻宏さんは シュバイツァーのバッハを聴いて オルガンの道を志し、東京芸術大学にすすんだ。その後、教師をつとめるかたわら オルガン製作にも感心を持ち、製作家としての道を歩んだ。辻さんは オルガンに最適な木材を求めて神奈川県から岐阜県白川町に移住している。ある時、モミの木を切り倒すことになった。お神酒をかけ祈りをささげてから伐採するのだが、突然竜巻のような「あおり風」が吹き跳ね飛ばされた。ー切り倒されたその木ー命が経たれた瞬間、瑞々しい樹液が吹き出ていた。木の痛み・・・これをみた辻さんはむせび泣いた。300年も育てられた木を切り倒したのだから。「心に誓って」オルガンを制作できるように力を貸してほしいとモミの木にお願いをした。そして、この一本から3台のオルガンができ、ひとつも無駄のない木材の使われ方がされたという。

国内最大のオルガンビルダー辻宏さんは、精力的にオルガン製作に勤しみ、生涯に82台のオルガンを製作した。(2005年12月永眠)奥さんの紀子さんは 30年ぶり(2008年)に モミの木の「木の株」に逢いにいった。見つけた途端 杖をついていた紀子さんは 夢中でかけあがった。その切り株は、小さな虫が取り巻き芽が生えていた。幹や枝はなくなったけど 空の方を見上げている・・・宏さんにも見せたかったという。(2016年6月永眠)

紀子さんはいいました。

この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは 決して滅びることがありません。
~マタイ24章35節~



岐阜県立美術館にある「第37号」


バッハ:18のコラール前奏曲集より、第三番 コラール「バビロン川のほとりに」BWV653

 


バッハ「主イエス・キリストよ、われ汝に呼ばわる」BWV639


.「主イエス・キリストよ、われ汝に呼ばわる」BWV639

バッハ(1685~1750)はワイマール時代と呼ばれる時期(1708~1717、23~32歳)に、ザクセン=ワイマール公国の宮廷オルガニスト、後に宮廷楽団楽師長に就任し、若きオルガニスト・ヴィルトーゾとして活躍し、有名な「トッカータとフーガニ短調BWV565」などを残している。
この時期のオルガン小曲集BWV599-644として、ルター派讃美歌の前奏曲として45曲(46曲?)のコラール・プレリュードを作った。

讃美歌というと「主よ人の望みの喜びよ」が 代表的だが この他にも たくさんある。
アンヌ・ケフェレックはフランスのピアニスト。浜松国際ピアノコンクールの審査員をつとめ 「ラ・フォル・ジュルネ2017」 びわ湖 東京 にも出演し 巨匠としての風格を備える。

コラール前奏曲「主イエス・キリストよ、われ汝に呼ばわる」
“Ich ruf zu dir,Herr Jesu Christ.” BWV639


もともとの讃美歌

わたしはあなたに呼びかけます、主 イエス・キリストよ、
わたしは願います、わたしの嘆きをお聞きください
この日々の間、私に恵みをお与えください、
わたしをどうか怯えさせないでください。
真の道(信仰)を、主よ、わたしは思います、
あなたはわたしにそれを与えることを望んでいると、
あなたの為に生き、
わたしの隣人に役立ち、
あなたの言葉をそのまま守る為に。

タルコフスキー監督の「惑星ソラリス」(1972年、ソ連)で テーマ曲だった電子音楽編曲でこの曲があった。タルコフスキーの映画は原作以上に「人間とは何か」という哲学的とも宗教的ともとれる「問い」を突きつけている。

そこに流れるバッハのコラール・プレュードBWV639が 素朴な美しさを湛えていて、胸に響く。


7/26(日)14時~ ジョジョクラシック バッハ チェンバロ曲


ジョジョクラシックは、クラシック音楽でリラックスできる60分。ネットラジオ(PC) http://csra.fm/asx/hasimoto.asx スマホ タブレットは専用アプリ(TuneIn Radio)。 設定方法 http://816.fm/?page_id=71

【曲予定】 イタリア協奏曲ヘ長調BWV971
チェンバロ協奏曲第5番ヘ短調BWV1052
フランス組曲第5番ト長調BWV816
トッカータホ短調BWV914 曽根麻矢子 チェンバロ

【トピック】チェンバロ(独)クラヴサン(仏)ハープシコード(英)ピアノの祖先にあたる 派生した楽器。古くは ハンマーダルシマーなどとも関連を持つ。鍵盤を押さえると、タンジェントが上にあがり 弦をはじく。
そして 一段鍵盤から 二段鍵盤へのチェンバロがあるが、機能も豊かになった。尚 ペダルつきの チェンバロのあるとか。(バッハの作品で それを想定した作品があるようだが)元々は、通奏低音にために ヴィオラ・ダ・ガンバ(現在のチェロ、コントラバスのような)の代替として使われていた。数字譜などがある。伴奏楽器だった。それが ソロ楽器として変わり始める。ソロのための曲も書かれるようになった。
その頃の奏法だが、記号が ほとんどついてない。
二段鍵盤だと 一段目と二段目の音色がはっきりと違っていて まあ言うと フォルテとピアノが明確に出せるようになった。オルガンの四段鍵盤のストップを調整しているのに 似ている。
バッハは 別の楽器が奏でているパートを 一台の楽器で実現しようとした。それが イタリア協奏曲であり、また ヴィヴァルディのヴァイオリン合奏曲 をオルガン用に編曲しこれを協奏曲としたのである。これら チェンバロ協奏曲は 最大4台のためにかかれたものもある。

曽根麻矢子さんは チェンバロ奏者の第一人者。親しみやすく レクチャもされ チェンバロ奏者として 優雅な風格をたたえていて 人気がある奏者の一人である。


曽根麻矢子 チェンバロ バッハ フランス組曲第4番 所沢ミューズホール

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昔 チェンバロ弾いたことありましたね。研究の一環として。

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バッハ/パッサカリアハ短調BWV582 


ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲 オルガン パッサカリアハ短調BWV582

バッハで オルガンといえば トッカータとフーガ二短調や 小フーガト短調が有名だが、この作品がオルガン作品での傑作と評されている。
パッサカリアは 変奏曲の一種。シャコンヌとよく似ている。が連続して奏される。オルガン用の曲 ペダルに主題があり 様々な変奏を加え展開していく。もちろん 主題が中声部に出てくる場面もあるが 和声構成が一定の期間が繰り返されるので 強調され曲の印象が深まり効果をひきたてる。20回の変奏が加えられ 後半のフーガに入っていく。ブラームスは 交響曲第4番 第4楽章を バッハのカンタータ第150番のパッサカリアをモデルにした。

さて、この曲 ワイマール時代の傑作、バッハは 教会のカンタータを毎週のように作曲しながら聖歌隊を指導し、その合間もオルガン曲 コラールなどの作品を書いている。それを約20年間にわたり続けていたのだ。私は、オイゲン・タルベールのピアノ編曲版で弾いているが、他にも編曲がある。
管弦楽用には ストコフスキー・レスピーギが編曲している。

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これがテーマ ペダルによる

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アルペジオの変奏 これは オルガン チェンバロでも綺麗に響くだろう

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フーガに入ったところ  主題と 応答の 5つの音 そこに16分音符の走句 流れがよどみなく入ってくるのがバッハの音楽 フーガは4声の2重フーガで巧妙に構成され エネルギーを推進している・・・

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長調に転じる この部分は 天に昇っていくような流麗なところ バロック音楽で フーガを形成しながら、ここまでの透明性のある音楽はそうない。

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短調になり応答を変化させていく。この時 半音階を使用したり あるいは  F# を使うことにより、劇的なドラマをつくっている。

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ヘ短調の ダブルトリラーが登場 ペダルの響きに注目

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コーダ 強奏するだけなく 16分音符の流れはそのままに 響きを重厚にして エネルギーを爆発させている。バッハと教会がひとつになったような音楽。バッハの音楽 これぞである。


(Kazuki Tomita plays) Passacaglia BWV582 :J.S.Bach 冨田一樹 バッハ:パッサカリアハ短調

オルガン: 冨田一樹 2016年度第20回バッハ国際コンクールにて、第一位を獲得

マリー=クレール・アランのオルガン 彼女はバッハ全集を3度録音している。来日もしており、サントリーホールのオルガンなど演奏した。私も 何度か サントリーホールでの演奏会を聴いた。アンコールは「トッカータとフーガニ短調」テンポに淀みがない。フーガを強力に推進する勢いは バッハそのもの。すごい拍手が起こったのが記憶に残る。

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フランス最古の サンジェルマン=デ=プレ教会の響きでバッハが聴けたらよいだろう。

 

 


読売新聞 掲載 2015.3.27


先日の バッハインザサブウェイズデイズ ジャパンは3月21日に終了しましたが その時 読売新聞に取材を受けました。「高野山に響くバッハの音色」と題し 3月27日(金)朝刊に掲載していただきました。ありがとうございます。現在も もう少し 余韻に浸っていたい気持ですね。

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バッハ・イン・ザ・サブウェイズ2015を終えて


#BachInTheSubways2015
3月21日(土・祝)バッハ生誕330年祭 2010年 ニューヨークの地下街で チェリストのデールヘンダーソンが始めた。音楽を生の音で聴こうよ。バッハの音楽に耳を傾けてね、無料で演奏します。というプロジェクトをたちあげた。2014年には台湾などでもブレイクした。日本は 今年初めて上陸した企画。
東京は 表参道ヒルズをメイン会場に展開 相応しい 期待以上の盛り上がりで音楽祭が出来たと聞いて、ほっとしています。東京の事務局の方にも 大変お世話になりました。

まず 最初に 会場提供くださった方々に感謝しています。そして演奏者の方 コラボレーションにご参加いただき ありがとうございます。また、ご来場いただき聴きに来てくださった方にお礼を申し上げます。

大阪 奈良 和歌山会場については 私が「世話人」をやらせていただきました。これについては「秘話」がいくつもあります。まず、会場手配から 手探りで行いましたが 会場の方も 私のお話を聞いてくださり 趣旨に賛同いただけました。次に、演奏者の手配、演奏するには趣旨に賛同することはもちろんですが、ここでの 演奏者は、 「演奏者が自発的に演奏する」意味ではないだろうか。「技術を持っているから演奏できる」というのと意味が多少違うと考えています。演奏するのに いろいろな手間などがかかるのにもかかわらず 演奏してくださることに 謝意を表したいと思います。親しみを持っていただける演奏、素敵な演奏、感動する演奏をめざしました。今回 コラボレーションした演奏者の方には 私たちの意見と合致していて、いい音楽を一緒に演奏したいと思える人に出会えることは 私にとって幸運だと思います。

この機会、読売新聞さんの取材 インタビューを受けました。また 「ならどっとFM」さんの番組 「タイム784」に30分間 インタービュー番組に出演させていただきました。その他、「奈良 いかるがホール」が、日本アーカイブページとして フェイスブック バッハインザサブウェイズ アルバムページに掲載されています。大変嬉しく思っております。

The”Nara Ikaruga-hall” image were published in Bach in the Subways Days Album Pages.
.JAPAN Archive LINK .Thanks a lot Mr. Henderson!

Natsuki Umemoto on recorder and Yoshinori Nishitsuji on accordion were among 100s of musicians who brought ‪#‎BachInTheSubways2015‬ to Japan in a MAJOR way:リンクは以下をクリックhttps://www.facebook.com/BachInTheSubways/photos/a.10150614279752493.390461.298706467492/10152621808167493/?type=3&theater

A 高野山 霊宝館 迎賓館 9時15分~45分
ソプラノ 尾上利香 アコーディオン ピアノ 西辻善則 司会・ナビゲータ 尾上恵治(世界遺産マスター)
Fastest venue in the world Bach in the Subways Days
World Heritage Koyasan in JAPAN. The Great monks “Kobo Daishi” retractor 1200 years. The Buddha became day 835 years March 21 .Soprano Rika Onoue Accordion & Piano Yoshinori Nishitsuji Moderator World Heritage Master  Keiji Onoue

世界130都市以上で開催されるこの企画。時差では、世界で一番最初の開催都市が 高野山です。弘法大師のご入定された日が3月21日 寅の刻でした。今年は 開創1200年の年 バッハの330歳の誕生日 縁を感じずにはいられません。ソプラノの尾上利香さんが 宇宙が広がっていると トークされた時 まさにその時に音楽ができる幸せと 聴かれる方も 縁を感じて聞きいってくださったことが印象に残りました。また「世界遺産マスター」の尾上恵治さんは 金剛峯寺などの修復をされている方 高野山の案内人もつとめられていて この3月に 「世界遺産マスターが語る高野山」という本が刊行されました。

景教のお墓が「奥の院」にあることをトークされ 音楽が聴き入りやすいようナビゲートしてくださいました。涙されている方もおられ この一期一会を忘れないよう 精一杯私たちは生きてゆく、そして 又会うことができる、そのように導かれていると感じました。曲目 メヌエット G線上のアリア シャコンヌ ガボットとロンド

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B 奈良 いかるがホール 大ホール ホワイエ 12時15分~45分
ブロックフレーテ(リコーダー) 梅本なつき アコーディオン 西辻善則

Nara Ikaruga Hall Japan 12:15 -45
Recorder Natsuki Umemoto Accordion Yoshinori Nishitsuji

リコーダーという親しみのある楽器 アコーディオンも小学校で見たかな。その楽器は 何か懐かしいものや 素朴なものをイメージさせる。大きな音量でなく 室内楽的 かつバロック音楽にも適している。私は「ブロックフレーテ」という言葉をあえて使うのは理由がある。20年くらい前にリコーダーのデュオをつくって楽しんでいた。もう一人の相方は 日本で唯一のリコーダー科のある学校を目指していた。ブロックフレーテ(木管 たて笛) これが フルートトラベルソ(木管 横笛) になり フルート(金管 横笛)に変わっていった。フルートという楽器ができて音量が出るようになってから 素朴な音色のブロックフレーテが使われなくなり リコーダー(記録するもの 鳥に歌を教えるもの)になったという。そんなことから 「ブロックフレーテ」(ドイツ語)を使うようにしている。本日は ご自身の演奏会当日でもあり リハーサルの合間を縫って この会場での演奏となった。

クラリネット奏者(奈良ウインドコンサートファミリー コンサートミストレス) リコーダー奏者として 「うたの笛物語」を主宰。ソプラノリコーダー アルトリコーダー いい音色出します。メヌエット G線上のアリア 主よ人の望みの喜びよ デュオ演奏。手づくりの 譜面台紙 と バッハのかわいい帽子 エンジ系のドレスが楽器の色のバランスがいいですね。バッハのカラーは暖色系だそうです。アコーディオンソロで シャコンヌ ガボットとロンドを演奏。

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C 大阪 泉南 りんくうたうん パピリオ 星の広場 15時30分~16時30分
ヴァイオリン 田仲弘和 アコーディオン ピアノ 西辻善則

Osaka Rinku-town ”Star of Square” [ Kansai International Airport ] 15:30-16:30
Violin Hirokazu Tanaka Accordion & Piano Yoshinori Nishitsuji

地下広場のようだが 階段もあり 音響が広がる。ヴァイオリンの田仲さんとは クラシック音楽の話で盛り上がった。久しぶりの感覚だった。田仲さんは 大人になってからヴァイオリンをはじめたという。メヌエット 主よ人の望みの喜びよ デュオ シャコンヌ ガボットとロンド アコーディオンソロ イタリア協奏曲 より第2楽章 平均律クラヴィア曲集 第2巻より14番 小フーガト短調 ピアノソロ

東京から転勤で関西に戻ってきたというお客さま ずっと私たちの演奏とトークを聴いてくださった。
バッハの誕生日イベント 「毎年あるの?」聞かれました。「今年初めてなんです。」「来年もお願いします」とのこと。駅の通路下であり、足をとめて聞いてくださる方が結構多く 柔らかな空間となった。

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D 奈良 桜井 トラットリア前澤 22時~22時30分(延長で23時まで)
ピアノ 福原満希 ブロックフレーテ(リコーダー)梅本なつき アコーディオン ピアノ 西辻善則 ヴァイオリン 田仲弘和 ギター 厨子はじめ 松田成史

Last venue in JAPAN Nara Sakurai Trattoria Maezawa 22:00 – 23:00
Piano Mitsuki Fukuhara Recorder Natsuki Umemoto Accordion & Piano Yoshinori Nishitsuj Guiter Hajime Zushi Seiji Matsuda

日本 最後の開催地になった 奈良 桜井 「トラットリア前澤」さん 高校2年生の福原満希さん 平均律クラヴィア曲集第1巻から2曲 冴えわたる演奏 将来を期待されています。

アコーディオンで 無伴奏ヴァイオリンソナタ「ガボットとロンド」 ヴァイオリンの音色で 優しく 哀しく この曲を弾く。曲はホ長調なのだが ストーリーがあり、マイナーに動きのある音楽。結構 この演奏は好評をいただいている。バッハは、10歳の時に両親を失い 兄家族に引き取られる。聖歌隊に通いながら 夜 従兄の楽譜を盗み見し ひたすら写譜をした。おどろくほどの読譜力はこういったところから。バッハが不屈の精神で臨んだことにより 今日、「音楽の父」と言われる。また、親しみやすい 情緒に訴える音楽がたくさんある。私は、この曲を弾く時 「ひとりぼっちで 心の底から水を欲しているような音楽」とイメージしている。現代は溢れている時代。「満たされればそれでよいではないか」。「少し満たされると嬉しいな」そんなバッハの気持ちで演奏している。 他に シャコンヌ イタリア協奏曲 第2楽章 平均律クラヴィア曲集第2巻から。

梅本なつきさんは、演奏会が夕方からあり 打ち上げ後 こちらに駆けつけてくださった。ライブ空間で演奏する コラボレーションはまた 違った感覚。客席が近いので 生の音楽に触れやすい 演奏する方にとっても心地よいし、お客さまにとっても。リコーダーの息遣いや アコーディオンの蛇腹の鞴の送りだしが感じられる。メヌエット G線上のアリア 主よ人の望みの喜びよ をデュオ演奏。

そのあと 最後 ヴァイオリン ギターなども入っていただいて 「主よ人の望みの喜びよ」を 合奏し 締めくくった。今日の一日は 本当に長かったが 何カ月も過ごしているような気分になった。
バッハさん 誕生日おめでとう! 生の音楽を聴きに行く人が増えるように願っています。

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バッハ シャコンヌ


この曲は バッハ(1685~1750) 無伴奏ヴァイオリンパルティータ(組曲のようなもの)第2番 ニ短調 第5曲 終曲のこと。ブラームスはクララのために「左手のためのシャコンヌ」に編曲した。
チャイコフスキーコンクールのヴァイオリン部門では、よく奏される。それほど 弾き手によりかなり曲の感じが変わる。
昔、映画「シャコンヌ」を銀座の映画館へ観にいった。まだDVD化されてないようだ。ギドン・クレーメルの演奏が印象的だった。

ヴァイオリンは和音を鳴らすと、片方の弦の音が減衰してしまい 音を残せないのである。バロックヴァイオリンは、駒の角度がそんなに鋭くなかったので、和音は弾きやすかったのかもしれない。柔らかい音色・音域も低めだったので、メロディーより、オブリガートを奏でていたとされる。フルートトラヴェルソが音域的にメロディーを奏でていたから。

楽器と作曲家がリンクしているのが面白い。
バッハのシャコンヌ、ベートーヴェンのハンマークラヴィア、
パガニーニのカプリース、リストのパガニーニエチュード・・・

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