Category: ショパン Chopin

ショパン/ピアノソナタ第3番ロ短調作品58


ショパン/ピアノソナタ第3番ロ短調作品58(1844年)

円熟期の最大の傑作 精力を注いでつくられたソナタ。バラード4番 舟歌 チェロソナタと繋ぐ。ソナタの究極の完成型として他の作曲家を寄せ付けない。
霊感さえ感じる。リストがロ短調ソナタをつくっているが(1853年)影響を与えただろう。

第1楽章 4分の4 ロ短調 マエストーソ 決然たる動機が印象づける。優雅で感傷的な第2主題と対照的、美しい世界を彩る。
中間部は緊張が伴うがショパンの対位法の処理が見事に表れている。

第2楽章 4分の3 変ホ長調 スケルツォ 即興的で色彩がみえてくる。中間部は瞑想的。

第3楽章 4分の4 ロ長調 ラルゴ 夜想曲のようで悠久の時を奏でる。時間の長短をいうのではない。ショパン晩年の世界。

第4楽章 8分の6 ロ短調 プレスト 情熱的なロンドで決然たる動機が駆け巡る。1回目は 3連 2回目は 4連 3回目は 6連と
変容し強調される。コーダは長調となり高揚しレジェロなモーションが、圧倒的なテクニックを持って締めくくられる。

それは練習曲のようでもある。芸術性の高い音楽。ショパンのエチュードについてこのように謂われた事がある。
「手のねじれた人は、弾くべきでない。」そんな人に「24の前奏曲」をすすめたようである。

ドラクロワの描いたショパン像。私はむしろこのショパン像が真実だと。内面的には焔の如く燃え上がっていたがショパンの病が体を蝕んでいった。

Kate Liu – Sonata in B minor Op. 58 ケイト・リュウ シンガポール出身。

24歳 第17回ショパン国際ピアノコンクール(2015年)で第3位。マズルカ賞を受賞。米国、フィラデルフィアのカーティス音楽院で学ぶ。
カーティス音楽院といえば サミュエル・バーバー、レナード・バーンスタイン、ルドルフ・ゼルキン、ホルヘ・ボレット、アンナ・モッフォ
最近では、リチャード・グード ラン・ラン ヒラリー・ハーンなど 錚錚たる音楽家が誕生した。

 

 

第1楽章 ロ短調ではじまる。ソナタ第2番は変ロ短調の序奏が印象的だったが 3番では、直入に決然とはじまる。特徴である F♯ G B D のアルペジオが組まれている。
2番でも 半音階をスライドするアルペジオが使われていて、好まれているのだろう。変容しながら効果的に構成されている。

第2主題は コラール 穏やかで流麗なメロディ。第2番のコラールもよいが さらに装飾音などで彩りを添えている。バラード風にもとれる。

コーダ 第2番では、激しく叩き付ける連続和音だったが。第3番第1楽章は、アルペジオの流れ。それと対照的に 中間部は対旋律のみが強調されるので どう聴かせるか考えて弾かないとなんでもない音型となってしまう。ベートーヴェン的な構造的な音を追及したのであろう。

第3楽章は、ロ長調 4分の4 ノクターン風。慰めの儚いメロディー カンタービレ。
途切れるような伴奏音型が見事。きわめてピアニスティック。

左手のバスから右手に渡されるファンタジーで中間部へ。

中間部 ホ長調の 水の流るるごとく アルペジオの世界。それは 夢のようであり 幻想的に響くこと。

再現部とコーダ 左手伴奏音型は、共鳴をよく聴きながら 少しは混じりながらも 右手のアリアを汚してはいけない。
左手の半音階の下降をテヌート気味に。中間部の再起で 3連音符のバスが躊躇いながらも チェロのような雄弁に語り
右手のコラール音型とバランスをとる。静かで遠い世界、不穏な雰囲気を残しながら

フィナーレへの導入を預言している。最後の2音。
この響きは、リストのロ短調ソナタ(1853)に影響を与えただろう。

第4楽章 決然とはじまる最強音への提示。悲壮感はなく跳躍が躍動感を高めている。ベースの半音階を意識する事。
第2主題は、ダイナミックなスケールなど大胆である。右手のレジェロなモーションと低音部の躍動やオクターブ奏法がエネルギーを増大させている。

2回目は 4連符。ベースの半音階を意識する。

3回目は、6連符。波がうねるように。低音部の一打目の音で流れをつくる。ここでも、ベースの半音階を意識する事。コーダへと感情をたかめていく。

ロ長調という調性の明るさ。右手のパッセージと左手のオクターブの降下による音域の拡大がダイナミックに。
左手のバスをうたわせること。圧倒的なテクニックが輝かしくこのソナタの幕を閉じる。


ショパン/練習曲第24番ハ短調作品25-12「大洋」


ショパン/練習曲第24番ハ短調作品25-12「大洋」

24の練習曲集 最後を飾る ハ短調。疾風怒濤の感情が投影される。この練習曲集は作品10と25だが、それに遺作が3曲ある。
遺作は、当初、前奏曲のようで「落ち穂拾い」などと評価されていたが、リズムとピアノの表現に関わる重要なエチュード。

26歳の作品。すでに、ピアノという楽器を現実的に(ピアニストに拷問をかけることなく)
藝術的に極限まで高めたショパンは天才である。しかし、手の捩じれたものは弾かない方がよいと。当時は、リストとクララ・シューマンが演奏できたという。

1900年代に入ってはじめて全集が収録された。

 

ポーランドの音楽教師 ゴドフスキーは ショパンの練習曲をさらに難しくした パラフレーズを作曲した。
嬰ハ短調へ移調し左手のみで演奏できるようにした。もちろん 難曲には違いないのだが ハーモニーは参考になる。

 

テクニックとして「無窮動」の表現。 アルペジオを休みなく弾き続ける事で無機質にならないこと。
単純にアルペジオと言うが、3オクターブに亘る 乖離した分散和音を弾くには
肩の弛緩 肘の支え 手首の柔軟さ 左右に動くときの膝の使い方。
密集和音とは違う、指先の力。跳躍が的確にする握り(スパン)がポイントとなる事を。

2分の2拍子。
様々なアルペジオが出ているが 表情も違う。

冒頭の ハ長調の和声 輝く白い星のように。
中間部 変イ長調の和声 柔らかい波のように。
中間部 ハ短調の和声 厳しい波のように うねる。(悼みを伴って)
最後の へ短調の和声 コーダに向かって 突進するがごとく。

最初の16分音符は ペダルで響かせる事。下記のようなイメージ。

息は長いが このようになると思う。冒頭の8小節を和声で示す。

中間部 変イ長調の和声が柔らかくなる。さざ波か・・・(和声とフレーズを示す)

しかし その後の ハ短調の和声は 非常に厳しい。少しずつ クレッッシェンドし FFが頂点に。
特に2段目の冒頭の音、Dのアクセント、テヌートであらわしたところは ショパンの中でも哀しみをたたえている和声。
闘っているのか 絶望に瀕しているのか・・・

出だしは「弱い」となっているが 最初の音は響かせなければならない。

 

コーダのところ へ短調の和声 雷鳴のごとく星が瞬き(上昇)落ちてくるような(下降)。
の後 ハ長調の和声が堂々と波打ち、この曲集を終える。


ショパン/夜想曲(ノクターン)第20番嬰ハ短調【遺作】


ショパン/夜想曲第20番嬰ハ短調(遺作)Lento con gran espressione 「夜想曲風のレント」という。

この曲と出逢い 事あるごとに弾いてきた。

ピアニスト 中村紘子さんが云う。「ショパンといえども 青春は一度しかないわ。20歳頃の心のたけをうたったこの曲には 瑞々しいものが滔々と流れている。」
純粋で しかし 寂しさもある。

20歳のショパン。ピアノ協奏曲第2番ヘ短調(最初の大作)を作曲するかたわら この曲を姉のルドヴィカに渡す。
「ピアノ協奏曲は ファンタジーでノクターンのようにも響くので、この曲を弾くといいよ。」
ピアノ協奏曲第1番を作曲し、告別演奏会は実施された。その後、
ウィーンを経てフランスにわたるが、ポーランドに二度と帰る事はなかった。

ショパンは「遺作」を死後破棄してほしいと希望したが 弟子のフォンタナが発表した。
その意味は大きい。なぜなら 作品66から74まで その他の遺作。
幻想即興曲やマズルカ ワルツ ポロネーズ そして この曲は
今日、最も親しまれている曲のひとつだから。

旋律は 息が長いので レガートを心掛け 優しく。

中間部は カラーが変わる。民謡的なリズムを意識する。後半は、調性も微妙に変化し 拍子も変わる 3拍子系になってからはマズルカ風に(2拍子目にアクセントがある)
そして ここでは morendo  「息絶えて」とある。ほとんど使われていない記号 そして ppp 最弱音の指定。

月光の中に涙のしずくがはたと落ち それが響きとなりひろがっていく様だと思う。

「それだけでいい。」

そして 静かにはじめられる Gシャープの弱起の音 静寂の中 はじめられるが 急に強められ 最高音まで駆け上がっている。声楽的。そして 元にかえってくる。
スケールのパッセージが4回あらわれる。ここが ショパンでないと書けない音楽。

そしてコーダ 左手が保持音で響かせ 最後は長調になり 右手は高音へ 左手は低音へ 対照的に広がる響き。

よく聴くこと、これに尽きる。まず「聴く」事からはじめなければならない。

思えば、1997年 ポーランド滞在の折、ワルシャワ ショパン協会 オストログスキ宮殿での ミニコンサートに
1曲演奏するのは この曲を選んだ。ショパンに思いをはせる。


ショパン/バラード第4番ヘ短調作品52


ショパン バラード第4番ヘ短調作品52

ショパンの作品中 傑作に値する 円熟期最大の作品。10分以上を要する ピアノ独奏曲として 性格的小品としても大規模である。ピアノ協奏曲は2曲残しているが それと同じそれ以上の緻密さをピアノの音に凝縮した作品。

ショパンは 7歳のときにつくった ポロネーズト短調(遺作)、小さな一葉 前奏曲第7番イ長調でも 必ず「起承転結」を備えている。生涯を通して作曲された マズルカでさえ ドラマ性がある。駄作といわれるものは ほとんどない。

ベートーヴェン、シューベルトやシューマン ブラームスなどの作曲家も ロマン的要素はあるが ショパンほど ロマン的が相応しい作曲家はいないのでは。それは、シンプルなメロディーに決然たるバスの動きが的確である。「ピアノの詩人」といわれる所以がここにある。

その繊細な筆使いとは「導入」「第1の物語から変奏」「展開」「第2の物語」「ほとばしる煌めき」「転調回帰」「回想」「第1の物語を展開」 次なる展開(新たなる生命)「うねりと昂揚」「突然の終止 静寂」コーダ「哀しみと人生への問いかけ」最強音での応え「フィナーレ」

ポーランドの詩人 Adam Mickiewicz(アダム・ミツキェヴィッチ)の「ブードリスの3人の兄弟」が作曲のきっかけになっていると思われる。

ミツキェヴィッチ公園にて。ポーランド人は 愛国心が強い。キュリー夫妻 コペルニクス そしてショパン・・・

まず con moto で ハ長調の導入が7小節。コラール風。そして、ヘ短調のワルツの主題があらわれる。これを印象づけるように この動機が支配する。

変容するが 基本的には ワルツの性格は変わっていない。このように 少しづつ 繊細に変わっていくところが見逃せない。

第2の物語 哀しくロマンティック 詩情に溢れ 煌めきのような重音 変イ長調。

イ長調に転調し回帰する コラールの響きが昇華する場面。ドルチェッシモ。

最初の主題が帰ってくる。カノンの手法。バル・デ・モザの修道院のイメージが。変容してゆく。
ピアノならではの強弱のフレーズ。

ただの3小節ではない。ショパンの音に込められた フレーズを大切に扱うこと。

感情の波がうねる練習曲「大洋」のような怒涛のアルペジオ。カデンツァは勢いを強めストレット。
このフェルマータが大切。静寂の世界へ 響きを和らかく。起承転結の明確な指示。ショパンらしい。

この後、コーダ 嵐のような「con fuoco」走句が印象的にする。

せきこんだ 感情の波。最低音から 最高音までのパッセージ。最強音で応える。
1回目は、FFの指定があるが、2回目は、書いていないが おそらく piu FF possibke を指している。その直後の左手のバスの挙動は悲劇を生む。フィナーレは めくるめく感情と理性とのバランス。
右手18音 左手12音 もちろんバスが決定権を担っている。最後の音に向かってのぼりつめゆるめない。

アルゲリッチの演奏は ゆるめていない。最後の4つの和音も 速くなったテンポで激情のまま。
演奏家により響き方が全く違う。アシュケナージは 冴えた音でしめくくっている。
メジューエワは 硬い音色と強いアクセントで印象的にしている。

この曲はテーマを持っている。人生の物語を魅せることができれば 演奏の効果があったといえるだろう。

ショパンの生家 ジェラ・ゾラ・ヴォラ ここでは 休みの日などに サロンコンサートが行われている。


ショパン/ピアノソナタ第2番「葬送行進曲付」


ショパン/ピアノソナタ第2番変ロ短調 作品35「葬送行進曲付」

フランスの社交界 サロンの音楽として洗練された ショパンの世界 憂いもある。

ショパンは ピアノソナタという形式に こだわっていなかった。
習作時代 17歳に ピアノソナタ第1番がつくられたが 生前出版はされなかった。この作品は 遺作となり 欠番となっていた 作品4に おさまった。なお、「葬送行進曲」は 1837年に作曲していた。マリアとの別れによる絶望がこの曲を書かせたのか。デルフィーナ・ポトツカとの恋とは 明らかに違う感情を往復させていたと思われる。

ショパンは ピアノ協奏曲の世界に夢中だったのかもしれない。事実 エチュード(練習曲)は、
コンチェルトのある箇所をモティーフにして曲ができているから。しかし ショパンのなかでは バラードと スケルツォなど 性格的小品の作品群を考えていたようだ。すでに、ピアノソナタは ベートーヴェンが32曲発表していることから シューベルト以降 ロマン派の作曲家は 性格的小品の世界へ投入することになる。シューベルトの後期 ヘ短調即興曲は ソナタとみることができるとシューマンは説いた。
ショパンは 24の前奏曲集 作品28 を作曲し スケルツォ変ロ短調 作品31 を完成させた。マリアと別れ ジョルジュサンドと共にしていく。次なる世界として 強力なメッセージの「葬送行進曲」

変ニ長調は柔和であるが その短調は 嫉妬深く 少し陰鬱な感も望めない。さらに このソナタは
半音階を多様、Ges ⇔F 、Des ⇔C  、B b⇔ A(旋律短音階)が 雰囲気を醸し出している。

変ロ短調に関連させる序章 スケルツォ フィナーレを新たに作曲し まとめたのが ピアノソナタ2番である。最初から ソナタをつくるつもりがあったのかどうか。シューマンは 「乱暴な4人の子供をソナタの名で無理やりくくりつけた」と評価した。たしかに 1楽章の動機と 2楽章の主題に 関連性はみあたらず 疑問が残る。が、3楽章 4楽章の 半音階のモティーフは関連性がみえるともとれる。

この曲は 協奏曲 に次ぐ 練習曲 数曲に匹敵するほどの難易度を誇る。パワーも必要だ。ショパンの作品のなかでは FF PPの対比がよく現れていて 聴きごたえがあるが リサイタルでの全曲演奏の機会が少なく ショパンの真価を伝える演奏を期待したいところ。

この曲を聴くと スペインの マジョルカ島 バルテモサ カルトゥハ修道院に 厳しい冬 住処としていた ショパンの姿を思う。ジョルジュ・サンドとの生活は ショパンの体にどれほどの影響を及ぼしたのだろう。「陽だまり」は、ショパンにとって 名曲を生む動機となった。

私が思うに 24の前奏曲集作品28と ソナタ2番「葬送」は どこか 音の扱い方に共通点がみられる。もしかすると ピアノ協奏曲の演奏のための 訓練として書かれた「練習曲」を作曲しているときに ショパンは新たな音の世界に気づいたのかもしれない。

素朴に詩的な作品群「前奏曲」が薔薇の香りを包んだものになったことをショパンは知っていた。「雨だれの前奏曲」も ここでつくられたのだ。

第1楽章「Doppio movemento」 2倍の速さで 動きを以て 序奏は劇的だ。これから 何かがはじまる・・・
ここでのポイントは 半音階のスライド。21小節からの動き。

続いて コラールの部分 変ニ長調 ショパンが好んだ調性 黒鍵を多用する。柔和な楽想。ここでも 半音階の伴奏音型が出てくる。

中間部 コラール風の楽想は ペダルにより せきこんで クレッシェンドし
鬼気迫るFF メロディアスでなく 感情を爆発させている。

右手が動機で力強く、左も動機でその絡みつく。ショパンの天賦の才能が発揮される。最初に出てきた半音階型の分散和音が彩りを添える。
リズムにアクセントがついていてこれが重要。低音のベースの動きが大切。響かせる。

再現部 移調し 主題をうたう コーダは、クライマックスを築く。終止形は 次の楽章への準備も。

第2楽章「スケルツォ」 ベートーヴェンはシンフォニーで使い「冗長でおどけた楽想」とされているが、ショパンのスケルツォは、「強烈な皮肉 瞑想と 感情を爆発させた音楽」 鋭い感性を要する。
左手の伴奏音型 Es E   ,Gis G は 半音階を使っているが 関連性は不明である。

中間部のコラール 歌謡性のメロディー 瞑想的でもある。

第3楽章「葬送行進曲」幼少の時にテレビゲーム「インベーダー」が流行ったが ゲームオーヴァーの音楽がこれ・・・ゲームのなか 速度が増しインベーダーが襲ってくる時の「連続4音」は 英雄ポロネーズの中間部 ベースの音。まさか ショパンの音楽を聴いていたとは。左手の音型の中でも F G♭の半音階が印象づけられる。1楽章の半音階と関連している。

中間部は コラール 静かにうたいあげる。行進曲とは、対照的。

第4楽章 presto 嵐のような楽想。オクターブのみ。無窮動は バッハの 平均律 プレリュードでもある。ショパンでは 練習曲の 作品10-1 10-2 25-1 25-6 25-12 ・・・ アルペジオ奏法からハーモニーを見出す。しかし この楽章をどう理解するのか。「前奏曲第14番」を参考にするとよい。この音に耳を傾け ショパンの真の吐露を見逃さない事。

最後から11小節目より 動きと和声が複雑。不思議で、ショパンにしか書けない作品。

以下は 前奏曲第14番


ショパン/幻想曲ヘ短調作品49


ショパン/幻想曲ヘ短調作品49

ショパンの曲には どんな小さな プレリュード マズルカ ワルツにしても 必ず「起承転結」がある。1曲を聴いていると 終わりには何か余韻が残る・・・
私の音楽友人が この曲をはじめて聴いたとき これは「音楽のドラマ」と感動の涙をしていた。

ショパンは「リアリスト」であるがゆえに ファンタジーを的確に描くことができた。若干20歳の ピアノ協奏曲2曲で
祖国と訣別し ピアノの創作の世界で生きてゆく。数々の出逢い・・・ フランスの社交界に颯爽とデビューした。
決して祖国ポーランドを忘れる事はなかった。円熟期に、このファンタジーができあがる。
ノアン島での ジョルジュ・サンドとの暮らしや その家族の事などで いい環境ではなかったようだが
「ドラマ性」は、現実の生活で充分得ていたとも思える。

ショパンのファンタジーは唯一この音楽。
4分の4 2分の2 からなる。中間部を呈した 壮大な物語と言えるのでは。

バラードは 詩人の叙事詩からヒントを得ているが。
このファンタジーは 私が思うに「ショパン自身の人生」が音楽になったとみている・・・

もちろん マズルカ作品59 36番 イ短調 37番 変イ長調 38番 嬰ヘ短調
バラード4番 幻想ポロネーズ 舟歌 ピアノソナタ3番 チェロソナタ 等の傑作が生み出されているけれども。

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まず 序奏から 「雪の降る街を」連想させる楽想 行進曲。

49-1

変容 2分の2へ カラーが変わる。最高音Fから 下降する音はドラマティック。その後のアジタートは
低音部が徐々に上昇して迫りくる。a tempo のテーマは、「優しく 柔らかく うたわせること」。

49-3

上昇する跳躍のアルペジオ音型 旋律を得手にしているショパンにとって 重音が主の曲は 新たな境地を築く。
この曲の 強固なバス オクターブは 強弱により 多様に表現される。

中間部のコラール サンドとの別れを描いたという。引き裂かれた ドラクロワのショパン像を思う。
(ノクターン11番ト短調 作品37-1の中間部にも同様の音型がある)

行進曲がノクターンに。無窮動が変化(へんげ)する天才ショパンの面目躍如の表れ。

 

中間部。しかし これが最強音になると 行進曲風になる。

49-7

今度はオクターブを伴い 重く そして壮大に テーマを語る。クライマックスと その前の静けさ。

コーダの前 行進曲から 最後の跳躍。転調し 最強音で のぼりつめる

最高音Fから 一気に半音階で下降する。ここで このドラマは終わったかにみえた・・・

49-12

最低音の後の静けさに感動。Adagio sostenuto.

中間部のノクターン(ロ長調)の回帰が変イ長調で。フォルテッシモの2音を大切に。
アリアのように 囁き 吐息が漏れながら。アルペジオは 柔らかく

分散和音が天にも昇る感じで 上昇するが 緩急自在に集中して。

最後の2音 フォルテッシモは、ファンタジーを断ち切り現実に。

バラード3番を書きあげた後、ショパンはまだ足りない 自分の限界に挑戦していた。その結晶が ファンタジーだった。


ショパン/バラード第2番 作品38


ショパン/バラード第2番 ヘ長調 作品38 作曲 1838年か 叙事詩「バラード」から 構想を得て 音楽にしたもの。ブラームスなども 遺しているが ショパンのバラードが 物語性が高い。タイトルに 調性をつけてないのは それなりに考えがある。シューマンに献呈した時は イ短調のコーダは付されてなく へ長調で終わっている。

構成 A ヘ長調 B 二短調 A’ ヘ長調  B’ 二短調 コーダ イ短調

バラード 背景に 詩人『ミッキェヴィッチ』の「ヴィリス湖」。概要は、リトアニアとロシア間に戦争が起き リトアニアは 十字軍に敗れ 独立を失う。リトアニアの深い森の中の湖には 神秘的な物語がある。戦争により、女たちは生きて捕らわれの身となるよりも 死を願って神に祈る。たちまち 大地震が 街も城郭も 崩れ 消え去った・・・(省略)

ショパンは マリア・ヴォジンスカと婚約状態であったが、破棄された。ちょうど この時期と重なる。ショパンは マリアとの手紙を 「Moja bieda(わが哀しみ)」として宝物にし 公にしなかった。ショパンは マリアとのやりとりを わが悲しみ Moja bieda とし
これを持って 大切にしていた。

うまくいかなかった原因は 諸処あるだろうが ショパンは 「革新的活動家」とマークされていたのかもしれない。ワルシャワではティトゥスと親友であり ウィーンまでは 一緒に来ている その後 二人は ティトゥスが祖国へ ショパンは 父の故郷である フランス へわたった。

A ヘ長調 コラール風の 穏やかな楽想が続く

B 二短調 嵐の如く 激しい アルペジオ(下降音型 と 上昇音型)

A’  ヘ長調 回帰するコラール風の楽想だが テノールが声を添え メゾとのかけあいをする。
落ち着かない= 嵐の予感か そして 本当の悲劇が

B’  二短調 嵐だが 先ほどよりも 激しさを感じる そして 城郭も破壊されたのか奈落の底へ
ダブルのトリルで 次のコーダへ

コーダ イ短調 agitato アジタート せきこんで  和音が密集 「隣の半音を打鍵する型は大変珍しく」 また 半音階や連続打鍵など 最後は 下降音型と 2オクターブにわたる 跳躍で 激しさを・・・フェルマータ クライマックスへ 今までにない音型が使われているが 左手がポイント

最後の数小節は バラードの劇的な終わりを示している。このような 終わりを予想できないところにショパンの天賦がうかがえる。

A 穏やかな 物語の初めと 牧歌的な和声 この後 凄まじい音型を予想できるだろうか。
無窮動的なものから生み出される2番。この2つ(AとB)の対比が著しいのがこの曲のよさである。

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B 激しい部分

「バラード1番の闘い」の時以上の激しさ。城郭が崩れさるような。
気になるのは 右手と左手が 近接していくのに 強弱が逆であること。
右手は 弱めていく 左手が 強めていくこと もちろんフレーズの終わりは乱暴にならずに。

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左手のパッセージが うねるように 楽器の共鳴関係からいくと
1小節目、バスのA 右手のAがあるので おのずと右手Eは響きが大きくなる。
同様 3小節目 バスのC 右手のC そして G
2段目 1小節目 Eフラット 右手のEフラット Bフラット
3小節目 はじめて 不協和音が出てくる。激しくぶつかる音程。バス Fフラット 右手 Eフラット

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A’ 最初の楽想に戻るが テノールと メゾがかけあう部分が印象的。

B’  激しい部分 先ほどよりも 跳躍が著しく 激しさを物語る。
デーモニッシュな和声 そして トリルからクレッシェンドしコーダへ

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このような音型はあまり見たことがない。高い芸術性がうかがえる。マリアとの婚約破棄 ショパンの人生に どれだけの影響を与えたのか。このバラードもそのひとつ・・・

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フェルマータの余韻の後 最後の数小節 バラードの劇的な終わり

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ポズナンにある アダム・ミッキェヴィッチ公園のポーランドの国民的詩人 アダム・ミッキェヴィッチの銅像。 木々と比べると その大きさに驚く

ポーランド蜂起に多大な影響を与えた。ポーランド蜂起は、ショパンが激情の迸る作品を生み出す決定打だとなった。
革命のエチュード バラード1番 スケルツォ1番などが生まれている。


2015.2.15(日)14時 「 ジョジョクラシック」ショパン vol.73


ジョジョクラシックは、クラシック音楽でリラックスできる60分。FMはしもと
ネットラジオはこちらをクリック(PC) http://csra.fm/asx/hasimoto.asx
番組へのリクエスト・メッセージ http://816.fm/?page_id=18

【曲予定】ピアノ協奏曲第2番 アンダンテスピアナートと華麗な大ポロネーズ

【ピックアップ】フレデリックショパンは 1810年2月22日に洗礼を受けた。ポーランドからフランスに渡り活躍した作曲家 ピアニスト。時代的には ベートーヴェンやシューベルトが活躍していた頃に青年期を迎え
フランツリストが時代の寵児であったが ショパンはサロンの大家で 伯爵家のピアノレッスンを担当したり 献呈するなど ピアノを大衆的にひろめた功績は大きい。

ショパンの開拓 メロディーなど簡素なものにも 必ず終わりがあり ドラマとして完結していること。
詩こそ 書かなかったのものの 音楽で詩的な前奏曲 マズルカ ノクターン スケルツォ バラード 即興曲 ピアノのジャンルにおいてはほとんどの曲を書いていること。オーケストラを伴う作品を書かないでも ショパンはピアノの詩人としての地位を確立したばかりか 練習曲の概念を変えてしまった。
芸術的な響きを目的として作った作品が 練習曲となった。もともとは ピアノ協奏曲の演奏のために書かれた有名な 夜想曲第20番嬰ハ短調(遺作)は ピアノ協奏曲第2番第2楽章に似ている。
練習曲は 当時 フランツリストや クララ・ヴィーク(クララ・シューマン)ほどしか演奏できなかったという。

ピアノ協奏曲第2番の方が ファンタジーや変化に富んでいて もっと演奏される作品だと思います。
特に2楽章のロマンスは天才ショパンが20歳という一生に一度しかない時に生み出した奇跡の音があります。

アンダンテスピアナートと華麗なる大ポロネーズ 映画「戦場のピアニスト」 エンディングで使われた。
画像は ワルシャワ 聖十字架教会 支柱に ショパンの心臓がおさめられている。

 

ショパン ピアノ協奏曲第2番

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次回は2月22日(日)です。


ショパン/「木枯らしのエチュード」練習曲作品25-11


ショパン/練習曲作品25-11「木枯らしのエチュード」

ショパン 練習曲(エチュード)は全部で27曲つくられている。作品10が12曲 作品25が12曲 遺作が3曲 有名な 別れの曲 黒鍵のエチュード 革命のエチュード 木枯らしのエチュード 大洋・・・ 遺作の3曲 難易度から前奏曲風だが 練習曲の主張をしている曲だ。

この曲は ショパンにしてみれば1821年から25年にかけて作曲された。ショパンにしてみると 長期間である。ワルシャワ蜂起のやるせなさを
練習曲作品10-12 ハ短調 革命のエチュード
練習曲作品25-10 ロ短調 徹底的なオクターブの表現は異例。激しさをみることができる。
練習曲作品25-11 木枯らしのエチュード めぐるめく右手の跳躍と左手の決定的な表現。
練習曲作品25-12 ハ短調「大洋」無窮動的な音型は 雷鳴のごとく 哀しみを湛えている。

練習曲を目指して出来上がったものは芸術性の高いものであった。最初は エクゼルシス(指の訓練の為に)と書かれてあった。これは チェルニーのように機械的な訓練ではなく、音楽的な効果を考えられたのである。バッハの平均律クラヴィア曲集をショパンは敬愛していて レッスンでもとりあげている。最良のテクストだと。

レオポルド ゴドフスキーはポーランドの作曲家 ショパンの練習曲による編曲で53の練習曲を書き上げた。
1曲だけ書くことができなかった曲。 作品25-7 夜想曲風 フルートとチェロの2重奏とピアノの伴奏を一台で表現するというもので 楽譜から読み取る表現の練習曲で ゴドフスキーも手を入れることができなかった。

さておき 私がショパンで最も好きな曲のひとつは 練習曲作品25-11 「木枯らしのエチュード」ピアノ音楽において ベートーヴェンの「ハンマークラヴィアソナタ」以上にピアニスティックな作品。これをオーケストラで演奏すると ピアノらしさがなくなってしまう。最もショパンらしい作品のひとつ。演奏を試みたことがある。右手の3、4、5の指の強化 アルペジオ5、2、4、1 手首の転回など。こんなに難しいのに、左手がコントロールし主導権を握っている。

それをさらに難しくした ゴドフスキーの編曲。この曲はポーランドの誇りである。

ポーランドは その名のとおり平らな地。ロシアやドイツに占領され、苦しめられてきた。誤解されるのだが 民族的には ポーランド語を話し ローマカトリック教の信条が「ポーランド人」。文字はアルファべートを使う。他の東欧諸国はロシアのようにキリル文字を使うが。ギリシアよりの宗教である。ぶどう・小麦を栽培し 自国のポーランド語を大切にしたきた。ホロゴーストにも遭っている。コペルニクス キュリー夫妻 ポーランドは多くの天才を生んだ。10月17日は ショパンの誕生日である。

写真は ポーランド ワルシャワ ショパン協会 オストログスキ宮殿で。

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左手と右手を交換して 編曲されている。ただでさえ 右手の半音階 5-2-4-1 の型が難しいのに それを左手でするのは 難易度が高すぎる曲。
ポーランドの誇りである。


2014.9.28(日)14時~ ジョジョクラシック ショパン vol.53


ジョジョクラシックは、クラシック音楽でリラックスできる60分。FMはしもと
ネットラジオはこちらをクリック(PC) http://csra.fm/asx/hasimoto.asx
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【曲予定】歌曲 「乙女の願い」
チェロソナタト短調作品65 より第1楽章
ゴドフスキー編曲(練習曲作品10の12 革命のエチュード)(練習曲作品25の11 木枯らし)
ポロネーズ第5番 嬰ヘ短調作品44
バラード第4番ヘ短調作品52
【アンコール】ワルツ第6番変ニ長調「子犬のワルツ」

【ピックアップ】ショパンの音楽は ピアニズムであり リアリスト(現実主義者)であった。管弦楽用に編曲できないピアノ曲がたくさんある。ピアノを知り尽くしたピアニズムがあり 無理というものだろう。

ショパンはポーランドを亡命(?)し、二度と祖国に帰ることはなかった。当時、ロシアによるポーランド支配が強められ独立宣言をしたが、鎮圧された。ショパンは自分の思想を音楽に盛り込んだ。
ショパンがもし自国にとどまったなら あのような音楽が書けたのか生きながらえたのかは疑問である。自国でポロネーズを発表していたのなら 蜂起を後押しし 要注意人物になっていたのかもしれない。マリア・ヴォジンスカと結婚できなかったのも謎が。他方で、ショパンは イタリア ドイツ、イギリス旅行をしている。

ショパンは プレイエルのピアノを好み 前奏曲や チェロソナタなど 体調のすぐれないときにコントロールしやすいこのピアノを気にいっていた。
練習曲27曲 を ポーランドの作曲家 レオポルド・ゴドフスキーが 更に難しくし53曲、編曲した。演奏困難な曲が多いが、ピアニストが挑戦している。その中で 唯一編曲できなかったのが 作品25の7である。練習曲に 表現の限界を要求した曲はかつてなかった。練習曲だが 手のねじれたものは触れない方がよいとされ その前段階として前奏曲が位置する。

ゴドフスキーは 左手の強化のための革命のエチュードを 左手のみで演奏できるよう編曲した。
右手の3、4,5の指の強化のための「木枯らしのエチュード」を左手のパートにし 独自の解釈もいれ 素晴らしい響きを表現。もちろん ショパンの原曲がなければ このような曲は生まれなかったのである。

一方 練習曲のエッセンスは ピアノ協奏曲や バラード スケルツォなど随所に出ており 活用できる。 例えば バラード4番のフィナーレの重音は 練習曲作品25-6の部分。
ポロネーズ第5番のオクターブは 練習曲作品25の10 徹底的なオクターブ奏法にヒントが。

そして 一番難しいのは チェロソナタのピアノパート リズムを担う左手が肝心で 右手の重音の連続。この曲の雰囲気を出すためには訓練が。アンサンブルテクニックも必要。ピアノパートが対位法的にいくつかの声部に分かれているので  最大の効果をあげるために よく音を聴きながら。精神的にも最も難しい部類に入る。ショパンの語法を理解する必要がある。一方 3楽章は至高の癒しの音楽である。

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ワルシャワ近郊 ジョラゾラヴォラ ショパンの生まれた家が博物館になっている。
ワジェンキ公園にはショパンの像が。聖十字架教会にはショパンの心臓がおさめられている。オストログスキー宮殿には ショパン協会があり ショパンの手紙など展示されている。

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革命のエチュードをさらに難しくした ゴドフスキーの左手のための練習曲。

ショパンはチェロを好んでいた。晩年の傑作。エキゾチックな雰囲気。室内楽曲でも最高峰のひとつ。この曲のよさを引き出す。

次回は10月5日 14時です